古い書を譲り受けた。「雨」と書かれたその掛軸を掛けると、今まさに磨っているいるかのように墨の香りが漂う。外では雨が降り出して、掛軸の雨は滲み、墨の香りが一層強くなる。驚き、慌て軸を巻き戻し、箱に仕舞った。不気味な書に懲るかと思いきや、毎夜、墨の香りに酔いしれながら肴を摘んでいる。(140字)
懸恋-keren-
超短編
2025年3月6日木曜日
2025年2月2日日曜日
冬の星々140字小説コンテスト「重」未投稿作
朝日の射し込む部屋でスピーカーのコーンが力強く跳ねている。徹夜で作った曲のはずだが、何かがおかしい。スピーカーから繰り出される重低音の激しいリズムに撃たれ、立っていられなくなった。寝転がると徐々にリズムは緩やかになり、私のようで私ではない美しい歌声に包まれていく。音楽に眠らされる(140字)
2025年2月1日土曜日
冬の星々140字小説コンテスト「重」未投稿作
庭に埋められ空襲を逃れたという重箱に、おせちを詰めていく。かれこれ百年経つ筈だが、欠けも剥げもなく見事に四角い。だが今年、同じ寸法で一段だけ誂えた。やはり与の段で菜箸が止まる。盛り付けようとすると煮しめの人参が、蓮根が、弾かれ宙を舞う。飛翔人参は華麗に新重箱に着地した。拍手喝采。(140字)
2025年1月1日水曜日
「花」(2021年4月、月々の星々のテーマ)
寒空の下、バラ園内を歩く。人は見えず、小さな草花がちらほら咲いている。頭の中では悩んでも仕方のないことばかりが絶えず流れている。急に強い香りが鼻腔を襲ってきた。季節外れのバラが一輪。大きい。ずいぶん威張っている。そして少し寂しそうだ。傍らのベンチに腰掛け、共に真冬の風に吹かれた。(140字)
2024年12月24日火曜日
「空」(2021年3月、月々の星々のテーマ)
鴉は耕したばかりの畑を、降ったばかりの雪道を、しっかりと踏みしめる。鴉の足跡は素敵だ。「鴉」の字の左っ側に似た足跡が付くと嬉しい。けれど、どうしても空には足跡が残せない。飛行機は何やら白いのが残るではないか。空飛ぶもの同士なのに。飛ぶからいけないのか。歩いてみようか、この青空を。(140字)
2024年12月17日火曜日
「香」(2021年2月、月々の星々のテーマ)
「O香」という駅で電車を降りる。超満員電車だったが他に降りた人はいない。迎えの車で病院に行く。部屋は和室、患者は私一人。大勢の同じ顔の看護師がすべての世話をしてくれる。私がやることは、まばたきだけ。手術を終え、誰にも会わないままO香を離れた。「るびせんか」と読むことは後から知った。(140字)
登録:
投稿 (Atom)