2025年12月24日水曜日

暮らしの140字小説54

十二月某日、雨。他に客のいないバスに乗っていると真っ白なケースに入ったチェロがひとりで乗り込んできた。あんまり寒そうなので帽子とマフラーをあげた。「よく似合ってる」と言ったら喋り出した。「今夜はクリスマスコンサートなんです」とチェロが言う。「誰に弾いてもらうかは、自分で決めます」

2025年12月23日火曜日

暮らしの140字小説53

十二月某日、晴。年賀の葉書を準備せねばと思いながら、日が経っている。葉書の手配を馴染みの郵便配達人に頼んでいた頃が懐かしい。今はほんの数枚しか出さないが、黄色い老風船には出さねばなるまい。風船への手紙は郵便風船が配達する。馬の切手を貼って、赤い風船に括って、乾いた青空に飛ばそう。

2025年12月18日木曜日

暮らしの140字小説52

十二月某日、晴。むかご飯を炊く。この家の周りでは見当たらないのだが、鳥が気を利かせて集めてくれたようだ。ベランダに散乱したむかごを見たときには何事かと思ったが。拾い集めたむかごを洗い、米と土鍋へ。塩も少し。土鍋の蓋がガタガタ騒ぎ出す。いつもよりうるさい。むかご入りが楽しいらしい。

2025年12月13日土曜日

暮らしの140字小説51

十二月某日、晴。小瓶が洗面台に落ちた。小瓶はゴミ受けを弾き飛ばし、排水口の中に吸い込まれた。浅いところで引っ掛かっているので割り箸でつまみ引き上げると、透明だった瓶は玉虫色に変わっていた。そもそもこの小さな瓶がいつから洗面所にいるのか何の瓶だかも判らない。何度捨てても戻ってくる。

2025年12月3日水曜日

暮らしの140字小説50

十二月某日、晴。機嫌がよいフリをして口笛を吹こうとしたが、音が出ない。ゴキゲンな「フリ」なのがバレてしまったせいか、口笛がヘタになったのか。「フィー」とも「ヒゥー」ともつかない音で何度もトナカイを走らせようとしたが、ルドルフでも赤鼻でもないナニカが只管に倒つ転びつするのみだった。

2025年12月1日月曜日

暮らしの140字小説49

十一月某日、晴。小さな柚子を十個採った。柚子湯にしようと風呂を沸かしていると、小柄な武将が「湯を貰いたい」とやってきた。鎧を脱ぎ着するのを手伝い、ホカホカの武将が帰るのを見届けた。やっと柚子湯だ!と浴室に入ると、菖蒲湯になっていた。あれは五月人形であったか。柚子湯には明日入ろう。

2025年11月26日水曜日

暮らしの140字小説48

十一月某日、晴。冷え込む夜だ。北のから複数の消防車と思しきサイレンが近付いてくる。炎も煙も見えない。南からも多数のサイレンが近付いてくる。焦げ臭いかと鼻を利かせても冷たい夜風が鼻腔を通り過ぎるだけ。南北からのサイレンは更に増殖し融合した。一時の大音響の後、西方へ遠ざかっていった。