鴉は耕したばかりの畑を、降ったばかりの雪道を、しっかりと踏みしめる。鴉の足跡は素敵だ。「鴉」の字の左っ側に似た足跡が付くと嬉しい。けれど、どうしても空には足跡が残せない。飛行機は何やら白いのが残るではないか。空飛ぶもの同士なのに。飛ぶからいけないのか。歩いてみようか、この青空を。
懸恋-keren-
超短編
2024年12月24日火曜日
2024年12月17日火曜日
「香」(2021年2月、月々の星々のテーマ)
「O香」という駅で電車を降りる。超満員電車だったが他に降りた人はいない。迎えの車で病院に行く。部屋は和室、患者は私一人。大勢の同じ顔の看護師がすべての世話をしてくれる。私がやることは、まばたきだけ。手術を終え、誰にも会わないままO香を離れた。「るびせんか」と読むことは後から知った。
2024年11月12日火曜日
「雪」(2021年1月、月々の星々のテーマ)
ニクスは雪のように白い紙で本を作って売り歩く。お客は不意にニクスの前に現れて「よいタイトルだね。中を見ても?」と決まって言う。パラパラ捲って「面白そうだ。君が書いたの?」と、これも必ず聞かれてニクスは曖昧に微笑む。ニクスはペンを持っていない。雪のように白い本を、汚したくないから。
2024年11月5日火曜日
「灯」(2020年12月、月々の星々のテーマ)
少々軽薄だが口遊みたくなるメロディーが聞こえる。「ポカポカ印の灯油販売車です」あぁ半年ぶりの灯油屋か。春まで毎日聞くことになるだろうが、販売車は何年も見ていない。この辺りでは焼き芋屋も竿竹屋も売り声だけが残っていて、今も変わらず夕暮れの町内に響く。灯油屋も大方そんなところだろう。
2024年10月29日火曜日
#秋の星々140字小説コンテスト 「長」投稿作
「具合が悪いのです」と渡されたのは月長石だった。石に具合も調子もあるものか。私は獣医だ。「黒猫の温もりと月光浴が必要です」疑いつつ入院中の黒猫に月長石を差し出すと「委細承知」の顔で石を抱えて丸くなった。満月のよく見える部屋で一晩過ごさせると、黒猫も石も見違えるほど艶やかになった。
2024年10月28日月曜日
#秋の星々140字小説コンテスト 「長」投稿作
小さな黄色い長靴は強情である。雨が降れば外に出たがり、水溜りに飛び込んでは軒先で逆さ吊りにされベソをかく。最初の持ち主の我が子は歳を取り、曾孫らはこの長靴を怖がる。思い出深く捨てられなかったせいで付喪神にしてしまった。足の弱った私に代わり、大きい長靴が小さい長靴を散歩に連れ出す。
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予選通過
2024年10月27日日曜日
#秋の星々140字小説コンテスト 「長」投稿作
同種の者たちに比べて己の姿が不恰好だというのは、薄々気が付いていた。それが長過ぎる触角のせいだとわかったのは、最近の事である。空気の震え、匂い、音、味……数多の情報が触角を通じて入り込み、伸び過ぎた触角は歩行に支障を来たす。体が重い。いっそ昆虫蒐集家に見つかって、標本になりたい。