2025年3月10日月曜日

染付の鳳凰

愛用の印泥の容れ物には鳳凰が描かれている。妙に躍動感のある鳳凰が気に入って求めたのだった。時々、鳳凰の格好が違って見えるが、前の様子を具に憶えているわけでもない。最近になり、落款の周りに鳥の足跡のような汚れが付くようになった。そのうち私の印泥から飛び去ってしまう気がしてならない。(140字)

2025年3月9日日曜日

墨池

墨を磨り始めると、どこからともなく小さな小さな雨蛙が現れる。硯縁に蓮の葉の模様が彫られた硯だ。つるんとした青い蛙が墨池にぽちゃんと飛び込む。時折、顔を出してこちらに愛嬌を振りまく。蛙は黒く艶々になると丘へ上がり、蓮の葉に座って目を瞑ると、すぅと消えてしまう。今日もよい墨が磨れた。(140字)

2025年3月7日金曜日

墨香

 古い書を譲り受けた。「雨」と書かれたその掛軸を掛けると、今まさに磨っているいるかのように墨の香りが漂う。外では雨が降り出して、掛軸の雨は滲み、墨の香りが一層強くなる。驚き、慌て軸を巻き戻し、箱に仕舞った。不気味な書に懲るかと思いきや、毎夜、墨の香りに酔いしれながら肴を摘んでいる。(140字)

2025年3月6日木曜日

唐草

 唐草の文様を辿っていた。漠然と牡丹、概ね葡萄、ひょっとして忍冬……指先でくるくるなぞっているうちに、私も文様の中に取り込まれてしまった。唐子の姿で蔓を掻き分け歩く。さらに蔓から蔓へ。このまま行けば、きっと古代オリエント! と息巻いたのも束の間、蔓に巻き取られる。首は絞めないでね。(140字)