「友達が月に行くんだ。宇宙飛行士になったんだよ」というと、月の人は苦い物を食べたような顔になった。「着陸の様子は生配信するってさ。月を歩く感触が楽しみだって」月の人は砂でも噛んだような顔をする。「月の感触は僕のほうがよく知っているんだけどね」頬を撫でると月の人はそっと息を吐いた。
2022年10月26日水曜日
2022年10月24日月曜日
#10月の星々 「着」投稿作
貴方は蝋燭だ。仏壇用の、箱入りの、ただの白い蝋燭だ。だが、貴方には火が灯らなかった。ライター、マッチ、隣の蝋燭からも着火を試みられ、その度に失敗し、箱に戻された。一本だけ箱に残され、引き出しの中で何十年も寂しく過ごしている。そんな貴方に千載一遇、今この家は放火犯に狙われている。
2022年10月22日土曜日
#10月の星々 「着」投稿作
立ち寄った古い喫茶店に黒電話があった。娘は初めて見るという。着信表示がないのは「怖っ!」だそうだ。「案外、誰からの電話かわかるものだよ」というと疑いの目。「お客様宛てに懐かしい人から掛かってくることがありますよ」と店主が言った途端、ベルが鳴り響く。娘が「おじいちゃん?」と呟いた。
2022年10月12日水曜日
#10月の星々 「着」投稿作
「よくご存知ね、浴衣をリメイクしたのよ」と、隣に座った御婦人に声を掛けられた。いや、先に声が出たのは私だ。綺麗なスカートに思わず「有松……」と呟いたのだ。祖母が有松絞りをよく着ていたこと、サイズが違い着られないことを話すと御婦人はウインクした。翌月、仕立て直された浴衣が届いた。
2022年10月5日水曜日
#10月の星々 「着」投稿作
ドローンが郵便配達するようになって久しい。それに対抗するかのように、手紙を紙飛行機にして飛ばす者が現れ始めた。紙飛行機に微小のエンジンだのAIだの取り付けるようだが、詳しくは知らない。時々、間違ったポストに着陸した恋文飛行機のせいで、ちょっとしたいざこざが生まれるのも当世風である。
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