2020年8月31日月曜日

願譚 14

生まれた時からの足跡をずっと地面に残したい。

2020年8月30日日曜日

願譚 13

首輪、腕輪、足輪、耳輪、指輪……ビーズで作ったアクセサリーを身体中に付けて町を闊歩した後で、一斉に糸を切ってビーズを撒き散らしたい。

2020年8月29日土曜日

願譚 12

古布の端切れを縫い合わせた夜具に包まれ、毎晩ひとつ、古布の語る昔話を聞きながら眠りたい。

2020年8月28日金曜日

願譚 11

晩夏の夕暮れ、シャボン玉で出来た泡風呂に入りたい。

2020年8月27日木曜日

願譚 10

世界各国の蜂蜜を揃えてじっくり味わった後は、世界各国の女王蜂に謁見して蜂蜜のお礼を言いたい。

2020年8月26日水曜日

願譚 9

点眼薬がバス停に落ちていたので、停車するバスのヘッドライトに点眼して日頃の運行を労いたい。

2020年8月25日火曜日

願譚 8

記憶に固執しないため、フニャフニャのカレンダーとグニャグニャの時計を壁に掛けて、ドーナッツを6個食べたい。

2020年8月24日月曜日

願譚 7

箸やフォークが当たると音楽が鳴るように、 世界中の丸くて平たい皿にこっそりと細い溝を切りたい。

2020年8月23日日曜日

願譚 6

唐草文様を指でなぞっていたら、いつの間にか本当に蔓草がそこらじゅうを這い回っているから、蔓の根本を探す旅に出たい。

2020年8月22日土曜日

願譚 5

ラムネ瓶のビー玉になって、どこかの子供に飲み干された後は、淡い青緑に歪んだ世界を只管黙って眺めていたい。

2020年8月21日金曜日

願譚 4

秋になったら広大なススキ野原に行って、一晩掛け、穂を束ねて結わいて、木莵だらけにしたい。

2020年8月20日木曜日

願譚 3

恋仲になった書家が送って寄越す手紙から流麗に立ち上る文字と、夜な夜なしとどに戯れたい。

2020年8月19日水曜日

願譚 2

幽閉されているビスケット城の塔で、牛乳を垂らしながら城を崩し食べ、崩し食べ、食べ飽きた頃に脱走したい。

2020年8月18日火曜日

願譚 1

冬の夜、白猫のやわらかな胸毛に潜り、一晩眠ったあと出立式をし、尻尾の先で鰯印の旗を振りたい。


2020年8月14日金曜日

手紙を書こう

通信の罰則がに軽微になったとはいえ、立派な身形の人のような「元旅人」は旅人の監視役を命じられたという。ただ、立派な身形の人は模範的な旅人だったとして、引き受ける旅人を選ぶことが出来たのだと、静かに語った。

「ありがとうございます。お礼を言うのも奇妙なことですが……」
立派な身形の人は微笑むだけで言葉では答えなかったが、続けてこう言った。
「万年筆を返してもらいました。とても大切なものだったのです。二本ありますから一つ差し上げましょう。手紙を書くでしょう? 直ぐにでも」

そうだ。太ももにメモした若者の名前が消えぬうちに、今年の手紙を。

来年は、美しい人に。故郷に戻った美しい人の声を聴くにはどうしたらいいだろう。本当の声は挽肉を捏ねるような声ではないはずだから。

そして次の年は、オニサルビアの君に。老ゼルコバを偲んで、手紙を書こう。

手紙を書こう。
(完)

2020年8月11日火曜日

監視する人

電話ボックスの扉を開けたのは、まさに立派な身形の人だった。
促されて受話器を渡す。
「この若い旅の者と赤い鳥の監視を只今より開始します」

立派な身形の人と暮らす家は、前に住んでいたところと目と鼻の先だった。すでに部屋は設えられ、立派な身形の人の住まいに相応しい家具や調度品が揃えられていた。

「年寄との暮らしは煩わしいだろうけれど、辛抱してください」
赤い鳥は、ただの赤い鳥になったが、立派な鳥籠を用意してもらって喜んでいる。

食事は交代で作ることになった。旅の影響だろう、ところどころ五感がおかしいのは戻ってすぐから気が付いてはいたが、料理はその確認には最適だった。

この感覚の変化は研究の対象にもなるということで五日に一度、ラボに通うことになった。ラボもまた、目と鼻の先にある。いや、真新しいラボだから「出来た」というほうが正確だ。どうしても移動をさせたくないらしい。

罪を犯して旅をすることになったとはいえ、いまやそれが罪というのは奇妙なことである。ただ貴重な経験をしたに違いないことは確かだ。

立派な身形の人と毎晩のように語り合っている。
通信に続いて移動が罪となった。次は何が罪になるというのか……。