飼い猫の姿が見えない。たぶんクローゼットの中で丸まって寝ているんだろう。俺の脱ぎ捨てたパジャマの上でぬくぬくとしているに違いない。
クローゼットの戸を猫が自力で開けるようになったのは、生後八か月くらいのときで、俺は小学4年だった。
それから十六年。服はいつも毛だらけだけれど構いもせず、猫は自由にクローゼットに出入りしている。近頃は、年のせいか暗くて静かなクローゼットを特に好んで寝床にしているようだ。
老猫は、案の定クローゼットの中に……いたけれど、いなかっ
た。しっぽはいたけれど、しっぽしかいなかった。
しっぽに向かって「おーい、本体どこ行った?」と訊いてみると、しっぽは気忙しそうにパタパタと動いた。
しばらくしっぽの様子を注視していたが、動くしっぽを見ていると催眠術にでも掛ったかのよ、う、にねむ……
目を覚ますと、猫がこちらをじっと見ていた。
「どこに行ってたんだよ、しっぽだけ置いて! 一緒に連れていってやらなきゃ、かわいそうじゃないか」
我ながら頓珍漢な説教を猫にする。
「よっこらしょ」とでも言いそうな様子で立ち上がった猫の下に、小学4年の夏休みに失くした自転車の鍵があるのは、何故なんだ?
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「もうすぐオトナの超短編」松本楽志選
兼題部門(テーマ超短編「此処と此処ではない何処か」)投稿作