超短編
真夜中の水族館で下手なバイオリンを弾いて、イルカに白い目で見られたい。
もう三日も警報機を鳴らしっぱなしの踏切に、耳栓をしっかり入れてから「あんたもさみしい身の上だねえ」と話しかけたい。
夜の黒電話が鳴り響き、世界が不眠症になったので、催眠作用のある雨を降らせたい。
「電話が欲しい」と夜が言うので、目立たぬよう黒電話を贈りたい。
夜中に蕎麦を打ち始める狐を「うるさいよ?」と一応、説得したい。
雨音を音階別に保管したい。
卓上の牧場に小さな羊を飼い、春になったら毛刈りをし、数十年掛けてセーターを編みたい。
世捨て人になったら、いかにも古くてボロい小屋に「未来庵」と名付けて暮らしたい。
独自の文字を作り、その文字で日記を書き、三日坊主で終え、三年後に読めない日記帳を前に頭を抱えたい。
故人が撮った写真を見る時には、幽霊でよいので撮影者による解説を聞きたい。
晴れた日、白猫の抜け毛と蒲公英の綿毛、どちらがよく舞い散るか比べたい。