「森は遠いのかい?」
と鯨怪人が尋ねると、駱駝の瘤姫はウインクした。「近道があるのよ」
砂埃がひどく前が見えない。息も吸えない。
歩みの遅い蝸牛男はついていくのに精一杯である。粘液に砂がついて、不快極まりない。
もうこれまでだ、と蝸牛男が思った時、瘤姫の声が聞こえた。「着いた!」
さっきまでの砂漠とは打って変わった景色が広がっていた。広葉樹、木々を揺らす風。
「どうやってここまで来たのか、さっぱりわからない」
蝸牛男がつぶやくと、瘤姫は蝸牛男についた砂粒を鼻息で吹き飛ばしながら言った。
「あら、わからなかった? 砂漠を潜って来たのよ? 昔、蟻地獄男爵に教えてもらったの」
「誰だその、男爵っていうのは!」
鯨怪人が嫉妬で潮を吹く。
2014年1月13日月曜日
2014年1月5日日曜日
声がする
押入れに埃だらけの瓶を見つけて、自分の部屋に置いた。
「これ、ちょうだい」と言ったとき、母は少し苦い顔をした。
「おじいちゃんのウイスキーの瓶。そんなものどこで見つけたの?」
私は祖父が大好きだったが、母はそうではなかったようだと、このとき気がついた。
祖父は、よく本を読む人だった。老眼鏡を掛け、胡座をかいて難しい本を読んでいた。私がせがむと、祖父は読んでいる本をボソボソと抑揚のない声で読み上げ た。小説などではなく、何かの専門書のような本が多かったと思う。もちろん内容はわからなかったが、祖父の声は不思議と心地よかった。
今にして思えば、母にとってはそれも気に食わなかったことの一つだったのだろう、「おじいちゃんの邪魔をしちゃダメよ」とよく叱られた。
祖父の瓶を傍らに置いて、本を読む。最近は探偵小説が好きだ。おじいちゃんに聞かせるつもりで声に出してみる。探偵小説は祖父の好みではないかもしれない と心配しながら読み続けていたら、不意に自分の声と祖父の声が入れ替わった。祖父の声で、ボソボソと読む。心地よく物語が染み渡る。
「ご飯よ」と、呼びに来た母の顔色が悪い。
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玉川重機イラスト超短編投稿作 「イラスト3」