ある朝、目が覚めると昨日練習した楽譜からすっかり音符がこぼれていた。
慌てて僕はバイオリンを構えて、調弦もそこそこにその楽譜のメロディーを弾いてみたけれど、音符は楽譜に戻らない。
それでも音符は音になりたくてうずうずしているから、思い切って部屋のドアを開けた。
すると、音符たちは嬉しそうに表へ出て、お行儀よく行進し始めたのだ。
僕は音符たちの後をついてバイオリンを弾いた。通りを歩く皆が手拍子してくれた。とびきりご機嫌の朝だ。
「果物橋」と呼ばれる橋がある。もちろん通称だが、正式な名前は知らない。正式な名前があるのかどうかも、知らない。
果物橋では、果物を売っている。果物橋の両脇には果物を抱えた老人がずらりと並んでいて、彼らは無言だ。
通行の邪魔になるから、売り声を上げてはならないという決まりがあるとかないとか噂されている。
だから橋を通る時には、果物の香りに包まれ、夥しい老人たちの視線の中を歩かねばならない。
知らぬ人は不気味に思うだろうが、もちろん果物は誰でも買ってよい。
町の人たちは皆、果物橋で果物を買うから、この町の青果店は果物の売行きが悪い。
適当な老人から、適当な林檎を買う。金を受け取る老人の手は節くれ立っている。老人がわずかに微笑む。
僕はその場で林檎を囓った。