ぼくは、褪紅色の小さな足跡を追い掛けた。
「ベニ子、どこまで行ったの?ベニ子、迷子?」
涙目になって妹に訴えられたら探さないわけにはいかない。
セミの死骸の上、輝くボンネットの上、褪紅の点が続く。
その時、まさに褪紅色の影が視界の端を横切った。
「ベニ子!」
ぼくは餌袋を振り回しながら、ベニ子に近づいた。
「にゃおん」
【褪紅 C0M30Y20K10】
2005年8月29日月曜日
2005年8月28日日曜日
2005年8月26日金曜日
2005年8月25日木曜日
2005年8月24日水曜日
2005年8月23日火曜日
2005年8月21日日曜日
パビムン音頭
夕刻、帰り道。なにやらお囃子のような音が聞こえてきた。
盆踊りのお稽古かしらん…はて、この近所に夏祭りなんかあったっけ?と、思いながら耳を澄ます。
「パビムンパビムンスッテンテン」
と聞こえてきた。「パビムン?」私は音を頼りに家とは逆方向に歩き出した。
「パビムンパビムンツクテンテン」
音がいよいよ大きくなり、私は野原に出た。
大音量で「パビムンパビムン」が流れる古びたラジカセが、野原の真ん中にぽつんと置かれている。
私はラジカセに近づき、しばらく眺めていた。
「いつかテープが終わるだろう」と思ったがパビムンは終わらない。
「テープを止めてやろう」と思ったが、ラジカセの大きなボタンはサビとホコリで動かない。
私は「パビムン音頭」の振りを考えることにしたが、これはうまくできた。
パビムンパビムンスッテンテン
盆踊りのお稽古かしらん…はて、この近所に夏祭りなんかあったっけ?と、思いながら耳を澄ます。
「パビムンパビムンスッテンテン」
と聞こえてきた。「パビムン?」私は音を頼りに家とは逆方向に歩き出した。
「パビムンパビムンツクテンテン」
音がいよいよ大きくなり、私は野原に出た。
大音量で「パビムンパビムン」が流れる古びたラジカセが、野原の真ん中にぽつんと置かれている。
私はラジカセに近づき、しばらく眺めていた。
「いつかテープが終わるだろう」と思ったがパビムンは終わらない。
「テープを止めてやろう」と思ったが、ラジカセの大きなボタンはサビとホコリで動かない。
私は「パビムン音頭」の振りを考えることにしたが、これはうまくできた。
パビムンパビムンスッテンテン
2005年8月20日土曜日
2005年8月18日木曜日
パビムン列車
寝台列車に乗るのは、15年振りだ。
時間に余裕があったから、あえてゆっくりの旅を選んだ。
文庫本を閉じて周りの様子を伺うと皆寝静まっているようで寝息やイビキが聞こえてきた。
酒を飲んでいる者など一人もいない。
まだ11時を過ぎたところだ。皆ずいぶん行儀がいい。
明朝7時には目的地の「ハテム」に着くはずだ。
私は周囲の寝息をBGMに目を閉じた。
朝日を感じて目を覚ますとずいぶん賑やかだった。
カーテンを開けると「兄ちゃん、ずいぶん寝坊だね!」と向かいの男に言われた。
男はすっかり身支度ができている。
「もうすぐパビムンに着くんだぜ! あの、パビムンだ」
紅潮した男の顔を私は見つめ返した。
「パビムン? ハテム行きのはずだが」
と私が言うと、男はあからさまに嫌な顔した。
パビムン……昔話に出てくるおとぎの町だ。堕落した男が辿り着いた理想の町。
汽車が止まり、私はホームに降りた。
深呼吸すると、空気は妖しく甘かった。
振り返ると線路はなかった。
時間に余裕があったから、あえてゆっくりの旅を選んだ。
文庫本を閉じて周りの様子を伺うと皆寝静まっているようで寝息やイビキが聞こえてきた。
酒を飲んでいる者など一人もいない。
まだ11時を過ぎたところだ。皆ずいぶん行儀がいい。
明朝7時には目的地の「ハテム」に着くはずだ。
私は周囲の寝息をBGMに目を閉じた。
朝日を感じて目を覚ますとずいぶん賑やかだった。
カーテンを開けると「兄ちゃん、ずいぶん寝坊だね!」と向かいの男に言われた。
男はすっかり身支度ができている。
「もうすぐパビムンに着くんだぜ! あの、パビムンだ」
紅潮した男の顔を私は見つめ返した。
「パビムン? ハテム行きのはずだが」
と私が言うと、男はあからさまに嫌な顔した。
パビムン……昔話に出てくるおとぎの町だ。堕落した男が辿り着いた理想の町。
汽車が止まり、私はホームに降りた。
深呼吸すると、空気は妖しく甘かった。
振り返ると線路はなかった。
2005年8月17日水曜日
2005年8月16日火曜日
鮫肌デパートのパビムン
ぼくの町の「七不思議」の一つに『鮫肌デパートの北エレベーターに四階から乗るとパビムン』
というのがある。
これにはいくつか条件があって
・昇りであること
・誰もいないエレベーターに乗ること
・お昼の十二時台であること
以上をすべてクリアしなくちゃいけない。
ぼくはこの手の話は信じないタイプだが、どうしても「パビムン」が気になっていた。
誰に聞いても「パビムン」が何かわからない。辞書にも載っていない。
ぼくは夏休みを使って鮫肌デパートに通った。
四階の北エレベーターの前に立ち、「△」ボタンを押し続ける。
開いた時に人がいてはダメだ。中の人に「あら、乗らないの?」なんて言われて気まずくなってもガマン。
一時間はあっという間に過ぎていく。
そしてまた、ドアが開く。
誰もいないエレベーター。
初めてのチャンス。
「パビムン」
というのがある。
これにはいくつか条件があって
・昇りであること
・誰もいないエレベーターに乗ること
・お昼の十二時台であること
以上をすべてクリアしなくちゃいけない。
ぼくはこの手の話は信じないタイプだが、どうしても「パビムン」が気になっていた。
誰に聞いても「パビムン」が何かわからない。辞書にも載っていない。
ぼくは夏休みを使って鮫肌デパートに通った。
四階の北エレベーターの前に立ち、「△」ボタンを押し続ける。
開いた時に人がいてはダメだ。中の人に「あら、乗らないの?」なんて言われて気まずくなってもガマン。
一時間はあっという間に過ぎていく。
そしてまた、ドアが開く。
誰もいないエレベーター。
初めてのチャンス。
「パビムン」
2005年8月15日月曜日
パビムンに塗れる
「ふぅ」と息をついてサキは蛇口を捻った。
サキの身体が湯気に包まれる。
サキはしばらくシャワーに当たっていた。
鎖骨の辺りにシャワーを受け、その刺激と音に身を任せていた。
眠ったわけではないだろうが、ずいぶん時が経ったことに気付いたサキは
思い出したようにボディソープに手を伸ばし、身体を洗い始めた。
左腕、右腕と洗い、胸元までくるとスポンジを握りしめて強くこすった。
サキはケタケタと笑った。
身体をこする強さに比例するかのように笑い声は大きくなった。
白い泡に潜んだパビムンにまみれたサキは、身体をくねらせながら、笑い続けた。
頭の何処かで「パビムンに犯された」とわかりながら笑うのをやめることができなかった。
サキの身体が湯気に包まれる。
サキはしばらくシャワーに当たっていた。
鎖骨の辺りにシャワーを受け、その刺激と音に身を任せていた。
眠ったわけではないだろうが、ずいぶん時が経ったことに気付いたサキは
思い出したようにボディソープに手を伸ばし、身体を洗い始めた。
左腕、右腕と洗い、胸元までくるとスポンジを握りしめて強くこすった。
サキはケタケタと笑った。
身体をこする強さに比例するかのように笑い声は大きくなった。
白い泡に潜んだパビムンにまみれたサキは、身体をくねらせながら、笑い続けた。
頭の何処かで「パビムンに犯された」とわかりながら笑うのをやめることができなかった。
2005年8月14日日曜日
2005年8月13日土曜日
2005年8月11日木曜日
2005年8月10日水曜日
2005年8月8日月曜日
バビムン遺跡
その奇岩地帯に遺跡が発見されたのは、つい半月前のことである。
ツルツルしたドーム型の岩がそびえ立つその一帯に、人間が都市を作っていたとは誰も想像していなかった。
なにしろ岩の上は滑りやすく、岩の下は狭すぎて
珍しい景色にも関わらず人々は近寄ろうとしないのだ。
年に一度か二度、冒険家が転落死するニュースで
人々は奇岩地帯があったことを思い出す。
遺跡は「パビムン」と名付けられた。
都市は、岩の内部に作られていた。
奇岩はビルディングだった!と新聞は見出しに付けた。
細い螺旋階段の回りに部屋が作られていた。
岩と岩を結ぶ通路はあちこちにあるが
岩への出入口は一カ所、それも屈んで入るような小さいものしか見つかっていない。
おそらく一生のほとんどを岩の中で過ごしたのだろう。
羊もビルディングの中で暮らしていたらしい。
パビムンの人々の生活が解明されるのはこれからだ。
最近、パビムン遺跡を真似た丸い屋根を付けた建物が人気らしい。
ビルディングやマンション、もちろん名前は「パビムン」である。
ツルツルしたドーム型の岩がそびえ立つその一帯に、人間が都市を作っていたとは誰も想像していなかった。
なにしろ岩の上は滑りやすく、岩の下は狭すぎて
珍しい景色にも関わらず人々は近寄ろうとしないのだ。
年に一度か二度、冒険家が転落死するニュースで
人々は奇岩地帯があったことを思い出す。
遺跡は「パビムン」と名付けられた。
都市は、岩の内部に作られていた。
奇岩はビルディングだった!と新聞は見出しに付けた。
細い螺旋階段の回りに部屋が作られていた。
岩と岩を結ぶ通路はあちこちにあるが
岩への出入口は一カ所、それも屈んで入るような小さいものしか見つかっていない。
おそらく一生のほとんどを岩の中で過ごしたのだろう。
羊もビルディングの中で暮らしていたらしい。
パビムンの人々の生活が解明されるのはこれからだ。
最近、パビムン遺跡を真似た丸い屋根を付けた建物が人気らしい。
ビルディングやマンション、もちろん名前は「パビムン」である。
2005年8月7日日曜日
「パビムン!」
私がその町に入ったのは、夕方だった。
石作りの家々が並ぶ細い路地を歩くと、夕飯の匂いがあちこちから漂ってくる。
私は空腹を意識せずにはいられない、
小さな食堂を見つけてドアを開けた。
「パビムン!」
と奥から出てきた娘が言った。
私が何も言わずにいると、娘はもう一度「パビムン」と言い、空いている席を指した。
私が席に着くと、隣の髭面の男が私に笑顔を向けて「パビムン」と言った。
私は「パビムン」と言った。挨拶ならば同じ言葉を返せばいいだろう。
男は満足そうに頷き、食事に戻った。
私は充分混乱していた。
この国の挨拶は「ヤッチラ」ではなかったか?
「パビムン」初めて聞く言葉だ。あとで辞書を引いてみなければ。
娘がメニューを持ってきた。
メニューは「ラタトゥーユ・パンかライス」とある。
ラタトゥーユ、夏野菜のトマト煮だ。それでいい。
私が「ラタトゥーユ」と言うのを遮るように
娘は「パビムン? パビムン、パビムン」と言う。
私はライスの文字を指しながら「パビムン」と言った。
ラタトゥーユは旨かった。
石作りの家々が並ぶ細い路地を歩くと、夕飯の匂いがあちこちから漂ってくる。
私は空腹を意識せずにはいられない、
小さな食堂を見つけてドアを開けた。
「パビムン!」
と奥から出てきた娘が言った。
私が何も言わずにいると、娘はもう一度「パビムン」と言い、空いている席を指した。
私が席に着くと、隣の髭面の男が私に笑顔を向けて「パビムン」と言った。
私は「パビムン」と言った。挨拶ならば同じ言葉を返せばいいだろう。
男は満足そうに頷き、食事に戻った。
私は充分混乱していた。
この国の挨拶は「ヤッチラ」ではなかったか?
「パビムン」初めて聞く言葉だ。あとで辞書を引いてみなければ。
娘がメニューを持ってきた。
メニューは「ラタトゥーユ・パンかライス」とある。
ラタトゥーユ、夏野菜のトマト煮だ。それでいい。
私が「ラタトゥーユ」と言うのを遮るように
娘は「パビムン? パビムン、パビムン」と言う。
私はライスの文字を指しながら「パビムン」と言った。
ラタトゥーユは旨かった。
2005年8月6日土曜日
2005年8月4日木曜日
2005年8月2日火曜日
2005年8月1日月曜日
恋するパビムン
パビムンが家に帰ると、扉に顔が付いていた。
「パビムン、おかえりなさい」
顔は美しい女の顔で、声は鈴のように軽やかだった。
顔は玄関の扉だけではなかった。
便所の扉にも顔はあった。
「お腹の調子はどう? パビムン」
冷蔵庫の扉にもあった。
「お野菜もたくさん食べてね」
寝室の扉にもあった。
「おやすみなさい、パビムン。いい夢を」
まもなく、あらゆる扉に顔があるわけではないと気付いた。
パビムンが開け閉めする扉に現れる、のだ。
パビムンは、顔に恋をした。
扉の顔に話し掛け、キスをするようになった。
顔は、しっとりと応えた。
しかしすぐに不満になった。
顔と声では足りなくなった。
手や胸や腰に触れたいと思った。
パビムンは、扉の顔を持つ女を探す旅に出ることにした。
「パビムン、おかえりなさい」
顔は美しい女の顔で、声は鈴のように軽やかだった。
顔は玄関の扉だけではなかった。
便所の扉にも顔はあった。
「お腹の調子はどう? パビムン」
冷蔵庫の扉にもあった。
「お野菜もたくさん食べてね」
寝室の扉にもあった。
「おやすみなさい、パビムン。いい夢を」
まもなく、あらゆる扉に顔があるわけではないと気付いた。
パビムンが開け閉めする扉に現れる、のだ。
パビムンは、顔に恋をした。
扉の顔に話し掛け、キスをするようになった。
顔は、しっとりと応えた。
しかしすぐに不満になった。
顔と声では足りなくなった。
手や胸や腰に触れたいと思った。
パビムンは、扉の顔を持つ女を探す旅に出ることにした。