下ばかり見て歩いていると影に蹴り上げられて、後頭部強打でナンマイダ、ですよ。
犯人は誰?
目が覚めると、影が白い血をあちこち滲ませていた。ところどころ赤い血も見える。
「一体何があったんだ、ぼくの寝ている間に」
絆創膏を貼ってやりながら問い質す。影に無茶されれば、結局はぼくが困るのだ。
「通り魔を追い掛けた?それでちゃんと捕まえたのか?え?殺しちゃった?!死体は家の前?おいおい魂消(タマゲ)たねえ、こりゃ」
やっばり警察に行かなくちゃいけないかなあ。もしかしてぼくの影の罪はぼくの罪?でもぼくは寝てただけで。かといって影だけ牢屋に入るのもおかしな話だ。まったくなんてことをしてくるんだ、影は。ぼくと違ってずいぶん乱暴な性格だとは思ってたけど、まさか人殺しをするなんて。やっぱりここは知らんぷりをキメるしかないな。だってぼくはなにもしていないんだし。
パトカーのサイレンが近付いてきた。
「一体何があったんだ、ぼくの寝ている間に」
絆創膏を貼ってやりながら問い質す。影に無茶されれば、結局はぼくが困るのだ。
「通り魔を追い掛けた?それでちゃんと捕まえたのか?え?殺しちゃった?!死体は家の前?おいおい魂消(タマゲ)たねえ、こりゃ」
やっばり警察に行かなくちゃいけないかなあ。もしかしてぼくの影の罪はぼくの罪?でもぼくは寝てただけで。かといって影だけ牢屋に入るのもおかしな話だ。まったくなんてことをしてくるんだ、影は。ぼくと違ってずいぶん乱暴な性格だとは思ってたけど、まさか人殺しをするなんて。やっぱりここは知らんぷりをキメるしかないな。だってぼくはなにもしていないんだし。
パトカーのサイレンが近付いてきた。
2004年12月24日金曜日
WhiteChristmas2
クリスマスイヴの晩、影たちは、サンタクロースを迎えに行きます。
サンタクロースがよく見えるように、月は影たちを一晩だけ白くしてくれます。
影がいないので、子供達はぐっすりと眠ります。
子供達がどんなにサンタクロースに会いたくても起きていられないのは、そんな秘密があるのです。
サンタクロースがよく見えるように、月は影たちを一晩だけ白くしてくれます。
影がいないので、子供達はぐっすりと眠ります。
子供達がどんなにサンタクロースに会いたくても起きていられないのは、そんな秘密があるのです。
2004年12月23日木曜日
2004年12月19日日曜日
そんな昼下がりの公園
フケを撒き散らしながらうろつくおじさんの
溜息を煙草に託すおねえさんの
ブランコよりバイクに乗りたい高校生の
昼寝する猫の
あと50mが辛いおばあさんの
ゴミ置き場を突く鳩の
週刊誌のアイマスクが似合うおじさんの
影たちが仲良くはしゃぎまわる。
溜息を煙草に託すおねえさんの
ブランコよりバイクに乗りたい高校生の
昼寝する猫の
あと50mが辛いおばあさんの
ゴミ置き場を突く鳩の
週刊誌のアイマスクが似合うおじさんの
影たちが仲良くはしゃぎまわる。
2004年12月18日土曜日
ミドリちゃんと赤い影
ミドリちゃんの影は赤い。
ほかの人は影が一人で黒を背負わなくてはならないけれど
ミドリちゃんは緑だから、影は赤だけで黒くなれる。
ミドリちゃんとミドリちゃんの赤い影は、それで上手くいっていた。
ところが、ミドリちゃんが、強姦されて血を流して倒れていた時、誰も気がつかなかった。
ほかの人は影が一人で黒を背負わなくてはならないけれど
ミドリちゃんは緑だから、影は赤だけで黒くなれる。
ミドリちゃんとミドリちゃんの赤い影は、それで上手くいっていた。
ところが、ミドリちゃんが、強姦されて血を流して倒れていた時、誰も気がつかなかった。
2004年12月16日木曜日
黒い電話を見つけたら
はて、こんなところに公衆電話なんてあったかな。
老女が入っていた電話ボックスには見覚えがなかった。
よく磨かれた透明ガラスの中には、黒一色のプッシュフォン…まさか。
「おばあさん、かけちゃだめだ!」
扉を開けた時には、もう遅かった。
「ヨシオかい?母さんだよ、ちょっと膝が痛くてね、ちかご…」
老女の身体は頭から闇になり、足元まですっかり闇化すると、受話器に吸い込まれた。
垂れ下がった受話器が揺れているのを見ながら、俺は電話ボックスを離れた。
黒い電話はさらに黒くなり、満足そうに受話器が元に戻る。
強がりな影の弱気な「穴」に紛れる、影電話。
あなたの影にも電話が潜んでいるかもしれない。
老女が入っていた電話ボックスには見覚えがなかった。
よく磨かれた透明ガラスの中には、黒一色のプッシュフォン…まさか。
「おばあさん、かけちゃだめだ!」
扉を開けた時には、もう遅かった。
「ヨシオかい?母さんだよ、ちょっと膝が痛くてね、ちかご…」
老女の身体は頭から闇になり、足元まですっかり闇化すると、受話器に吸い込まれた。
垂れ下がった受話器が揺れているのを見ながら、俺は電話ボックスを離れた。
黒い電話はさらに黒くなり、満足そうに受話器が元に戻る。
強がりな影の弱気な「穴」に紛れる、影電話。
あなたの影にも電話が潜んでいるかもしれない。
2004年12月14日火曜日
あなたは知らないでしょうけれど
眠れない夜、あなたの影が子守歌を歌いにくる。
私はその声に包まれて、眠りに落ちる。
次の日あなたは元気でもあなたの影は欠伸ばかりしているから、ゴメンね、と小声で言う。
あなたの影はピースサインをして見せる。
私はその声に包まれて、眠りに落ちる。
次の日あなたは元気でもあなたの影は欠伸ばかりしているから、ゴメンね、と小声で言う。
あなたの影はピースサインをして見せる。
2004年12月13日月曜日
2004年12月10日金曜日
2004年12月9日木曜日
あ
アケミちゃんはアンドーナッツを食べます。アケミちゃんはアンドーナッツより甘納豆のほうが甘いから好き
なのだけれど、あいにく甘納豆は朝市で売っていませんでした。
アンドーナッツを食べ終わってあくびをしていたアケミちゃんは足元にアリが集まっていることに気付いきま
した。「あー!」と声をあげるとアリたちはアケミちゃんを見上げて
「アンドーナッツをありがとう、アケミちゃん。」
と言いました。アリたちはアンドーナッツのおこぼれにあずかったのです。アケミちゃんのお行儀は目に余るも
のがあるようですね。
あきらめの悪いアケミちゃんはアリに負けじとアンドーナッツのカケラを集めました。あまりにも浅ましいの
で茜色のアゲハチョウも呆れています。
茜色のアゲハチョウというのは雨上がりの朝の空き地にしか現れません。アケミちゃんはそれを見つけて
「あ!茜色のアゲハチョウだ」
と網を振り回しました。
あっという間にアゲハチョウを捕まえたアケミちゃんはアキラくんに挨拶に行きました。
「アキラくん、茜色のアゲハチョウを捕まえました。」
アキラくんは茜色のアゲハチョウが欲しくなって、アケミちゃんと争いました。
荒っぽく扱われたアケミちゃんは穴に埋められ、茜色のアゲハチョウは明くる日に泡になりました。あしから
ず。
きららメール小説大賞投稿作
なのだけれど、あいにく甘納豆は朝市で売っていませんでした。
アンドーナッツを食べ終わってあくびをしていたアケミちゃんは足元にアリが集まっていることに気付いきま
した。「あー!」と声をあげるとアリたちはアケミちゃんを見上げて
「アンドーナッツをありがとう、アケミちゃん。」
と言いました。アリたちはアンドーナッツのおこぼれにあずかったのです。アケミちゃんのお行儀は目に余るも
のがあるようですね。
あきらめの悪いアケミちゃんはアリに負けじとアンドーナッツのカケラを集めました。あまりにも浅ましいの
で茜色のアゲハチョウも呆れています。
茜色のアゲハチョウというのは雨上がりの朝の空き地にしか現れません。アケミちゃんはそれを見つけて
「あ!茜色のアゲハチョウだ」
と網を振り回しました。
あっという間にアゲハチョウを捕まえたアケミちゃんはアキラくんに挨拶に行きました。
「アキラくん、茜色のアゲハチョウを捕まえました。」
アキラくんは茜色のアゲハチョウが欲しくなって、アケミちゃんと争いました。
荒っぽく扱われたアケミちゃんは穴に埋められ、茜色のアゲハチョウは明くる日に泡になりました。あしから
ず。
きららメール小説大賞投稿作
2004年12月4日土曜日
2004年12月3日金曜日
2004年12月1日水曜日
イキハヨイヨイ カエリハ…
散歩にでかけた。道が分かれ、どちらに行こうか迷っていると影が指を指した。
「影の言うとおりに行ってみるか」
影は辻にくる度にビシッと指を指した。
僕は影の指図を見逃さないように下ばかり見て歩いた。
少しづつ影が長くなり、すぐに暗くなった。
しばらくは街灯を頼りに影は動いていたが、まもなく真っ暗になった。
はじめて辺りを見回した。暗くて何も見えないが、知らない場所であることは間違いない。
足が棒のように疲れていた。のども渇いた。冷たい風が吹いた。
でも僕は財布もコートも持っていない。ほんの少し近所を廻るつもりで家を出たのだから。
僕はその場にしゃがみ込み、目を閉じた。朝になれば影が家まで連れていってく れる さ…
「影の言うとおりに行ってみるか」
影は辻にくる度にビシッと指を指した。
僕は影の指図を見逃さないように下ばかり見て歩いた。
少しづつ影が長くなり、すぐに暗くなった。
しばらくは街灯を頼りに影は動いていたが、まもなく真っ暗になった。
はじめて辺りを見回した。暗くて何も見えないが、知らない場所であることは間違いない。
足が棒のように疲れていた。のども渇いた。冷たい風が吹いた。
でも僕は財布もコートも持っていない。ほんの少し近所を廻るつもりで家を出たのだから。
僕はその場にしゃがみ込み、目を閉じた。朝になれば影が家まで連れていってく れる さ…
2004年11月30日火曜日
旅の果て
苦労して鋼鉄の扉を開けると、強く冷たい風に身体を押し戻された。扉の向こうには無彩色の世界が広がっている。俺は足元の感触を確かめながら踏み出した。
もはや当初の目的が何であったか、忘れてしまった。しかし、この場所に立った今、俺は確かに満足している。ゆっくりとあたりを見回しながら深く息を吸い込み、途端に嘔吐した。風は冷たいのに、吸い込んだ空気は熱く生臭い蒸気のようだ。嘔吐は長い間止まらず、緑色の粘液が灰色の大地にボダボダと落ちる。
どうにか吐き気が治まると臭気を吸い込み過ぎないよう慎重に呼吸しながら歩き始めた。彼方に一羽の鳥が延々と旋回をしている。それを目指してひたすらに歩いた。いくら歩いても景色は変わらないが、少しづつ大きくなる鳥の姿で前進を確認する。鳥の足元には人がいるに違いない。そう確信すると胸が激しく高鳴なり声が漏れる。「母さま…!」その言葉を口にした自分自身に何より驚きながら、俺は堪らず駆け出した。
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500文字の心臓 イラスト超短篇投稿作
もはや当初の目的が何であったか、忘れてしまった。しかし、この場所に立った今、俺は確かに満足している。ゆっくりとあたりを見回しながら深く息を吸い込み、途端に嘔吐した。風は冷たいのに、吸い込んだ空気は熱く生臭い蒸気のようだ。嘔吐は長い間止まらず、緑色の粘液が灰色の大地にボダボダと落ちる。
どうにか吐き気が治まると臭気を吸い込み過ぎないよう慎重に呼吸しながら歩き始めた。彼方に一羽の鳥が延々と旋回をしている。それを目指してひたすらに歩いた。いくら歩いても景色は変わらないが、少しづつ大きくなる鳥の姿で前進を確認する。鳥の足元には人がいるに違いない。そう確信すると胸が激しく高鳴なり声が漏れる。「母さま…!」その言葉を口にした自分自身に何より驚きながら、俺は堪らず駆け出した。
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500文字の心臓 イラスト超短篇投稿作
2004年11月26日金曜日
影踏み
「影踏みするもの、このゆびとまれ」
公園にいた子供たちがわらわらと集まりました。
「オニ決めしよう」
「ちょっと待って。影がないよ、みんな」
影たちは影踏みを嫌がって木陰に隠れていたのです。散歩中の私の飼い犬がそれに気付きました。
犬は盛んに吠えながらぐるぐると木の周りを回り、オシッコをしました。影たちが堪らず木陰を出ると子らは目ざとくそれを見つけ、影を追い始めました。
踏まれた影は悲鳴をあげます。子供は容赦なく力任せに踏み付けますから、影とは言えども、その苦痛は相当なもののようです。
私はいたたまれなくなってまだ興奮している犬を無理矢理引っ張り公園を後にしました。
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2006.6 犬祭3(sleepdogさん主催)参加作
公園にいた子供たちがわらわらと集まりました。
「オニ決めしよう」
「ちょっと待って。影がないよ、みんな」
影たちは影踏みを嫌がって木陰に隠れていたのです。散歩中の私の飼い犬がそれに気付きました。
犬は盛んに吠えながらぐるぐると木の周りを回り、オシッコをしました。影たちが堪らず木陰を出ると子らは目ざとくそれを見つけ、影を追い始めました。
踏まれた影は悲鳴をあげます。子供は容赦なく力任せに踏み付けますから、影とは言えども、その苦痛は相当なもののようです。
私はいたたまれなくなってまだ興奮している犬を無理矢理引っ張り公園を後にしました。
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2006.6 犬祭3(sleepdogさん主催)参加作
2004年11月25日木曜日
住宅街の夜
バスを降りると、もどかしそうにコートのポケットから煙草とライターを取り出す。
焦っているのか、手がかじかんでいるのか、なかなか火が着かない。しくじる度に「チッ」「チッ」とせわしなく舌打ちする。
そのみすぼらしい背中を照らしながら、バスは去る。
「やーね、重症のニコチン中毒オヤジ」
あたしは心の中で毒づいた。
必要以上に多い街灯は、影は増やすが星を減らす。
オヤジの影はあちらこちらにいくつも伸び、忠義な影たちはオヤジの動きを模倣する。
やっと火が着いたオヤジは「ふう~」とも「はあ~」ともつかない声をあげ、煙を吐いた。
煙は後ろを歩くあたしの肺を汚した。煙の影はキラリと光って街灯に吸い込まれた。
オヤジの影は一層濃くなった。
焦っているのか、手がかじかんでいるのか、なかなか火が着かない。しくじる度に「チッ」「チッ」とせわしなく舌打ちする。
そのみすぼらしい背中を照らしながら、バスは去る。
「やーね、重症のニコチン中毒オヤジ」
あたしは心の中で毒づいた。
必要以上に多い街灯は、影は増やすが星を減らす。
オヤジの影はあちらこちらにいくつも伸び、忠義な影たちはオヤジの動きを模倣する。
やっと火が着いたオヤジは「ふう~」とも「はあ~」ともつかない声をあげ、煙を吐いた。
煙は後ろを歩くあたしの肺を汚した。煙の影はキラリと光って街灯に吸い込まれた。
オヤジの影は一層濃くなった。
2004年11月24日水曜日
2004年11月22日月曜日
迷子になった影
日が暮れてしばらくした時、中学生の女の子がやってきた。
お巡りさんは信じてくれないかもしれないけど、と前置きして話始めた。
「お散歩の帰り道の赤ちゃん、お母さんにおんぶされて気持ち良さそうに寝ていました。
私は学校の帰り道で、二人の少し後を歩いていたんです。
あかく眩しい太陽がちょうど目の前に見えていました。
二人の影は私の方に長く長く伸びていました。
私はそれをなんとなく眺めながら歩いていました。
突然、赤ちゃんの影が、するりとお母さんの背中を降りたんです。
私は視線を上げて前の二人を見ました。さっきと変わらず、赤ちゃんはお母さんの背中におぶさっています。
影だけが、お母さんの背中から離れてしまったんです。
お母さんの影は慌てていました。でもちょうどそこで角を曲がってしまいました。
私は赤ちゃん影に付いて行きました。
でも、すぐに暗くなって来てしまって、赤ちゃんの影は見えなくなってしまいました。
お巡りさん。赤ちゃんの影、捜して下さい。」
私は中学生の話をメモを取りながら聞いた。
「教えてくれて、ありがとう。赤ちゃんの影は必ず見つかるよ。実はおじさんの息子の影も小さい時によく迷子になったんだ」
そう言うと、彼女はとてもびっくりした後、ケタケタと笑った。
見つかったら連絡するよ、と言うと手を振って交番を去っていった。
お巡りさんは信じてくれないかもしれないけど、と前置きして話始めた。
「お散歩の帰り道の赤ちゃん、お母さんにおんぶされて気持ち良さそうに寝ていました。
私は学校の帰り道で、二人の少し後を歩いていたんです。
あかく眩しい太陽がちょうど目の前に見えていました。
二人の影は私の方に長く長く伸びていました。
私はそれをなんとなく眺めながら歩いていました。
突然、赤ちゃんの影が、するりとお母さんの背中を降りたんです。
私は視線を上げて前の二人を見ました。さっきと変わらず、赤ちゃんはお母さんの背中におぶさっています。
影だけが、お母さんの背中から離れてしまったんです。
お母さんの影は慌てていました。でもちょうどそこで角を曲がってしまいました。
私は赤ちゃん影に付いて行きました。
でも、すぐに暗くなって来てしまって、赤ちゃんの影は見えなくなってしまいました。
お巡りさん。赤ちゃんの影、捜して下さい。」
私は中学生の話をメモを取りながら聞いた。
「教えてくれて、ありがとう。赤ちゃんの影は必ず見つかるよ。実はおじさんの息子の影も小さい時によく迷子になったんだ」
そう言うと、彼女はとてもびっくりした後、ケタケタと笑った。
見つかったら連絡するよ、と言うと手を振って交番を去っていった。
2004年11月20日土曜日
WhiteChristmas
暖炉の炎の揺らめきに合わせて、影は歌を唄う。
それはあなたには聞こえないけど、月にはしっかり届く。
だからクリスマスには月から影へのプレゼント。
一晩だけ白い夢を見られるのさ。
それはあなたには聞こえないけど、月にはしっかり届く。
だからクリスマスには月から影へのプレゼント。
一晩だけ白い夢を見られるのさ。
2004年11月19日金曜日
2004年11月18日木曜日
2004年10月18日月曜日
2004年10月15日金曜日
2004年10月14日木曜日
2004年10月13日水曜日
2004年10月11日月曜日
降り積もるのは
赤い毛糸の帽子を拾った。
真夏にふかふかの帽子が落ちているなんて、どういうことだろう。
そう思ったら、しゃがみ込んで帽子を掴んでいた。
ほっときゃいいのに、とクールな自分が非難するが、一度拾ったものを、捨てることはできない。
―そうだ。交番に持っていこう―
交番に届け物をするなんて、生まれて初めてだ。
新しい遊びを思い付いた時のように、興奮した僕は駅前の交番に急いだ。
交番ではお巡りさんが、毛糸の帽子に囲まれてふぅふぅ言っていた。
いっそ雪でも降ればいいのに。暖かい帽子には困らないぞ、とお巡りさんは毒づく。
一週間ほど前から毎日数十の毛糸の帽子が届けられるようになった。
持ち主が現れる可能性はまずない。
それはわかるだろうのに、意気揚々と届けにくる人が後を断たない。
ほら、また赤い帽子を持った若者が嬉しそうに駆け足でやってきた。
真夏にふかふかの帽子が落ちているなんて、どういうことだろう。
そう思ったら、しゃがみ込んで帽子を掴んでいた。
ほっときゃいいのに、とクールな自分が非難するが、一度拾ったものを、捨てることはできない。
―そうだ。交番に持っていこう―
交番に届け物をするなんて、生まれて初めてだ。
新しい遊びを思い付いた時のように、興奮した僕は駅前の交番に急いだ。
交番ではお巡りさんが、毛糸の帽子に囲まれてふぅふぅ言っていた。
いっそ雪でも降ればいいのに。暖かい帽子には困らないぞ、とお巡りさんは毒づく。
一週間ほど前から毎日数十の毛糸の帽子が届けられるようになった。
持ち主が現れる可能性はまずない。
それはわかるだろうのに、意気揚々と届けにくる人が後を断たない。
ほら、また赤い帽子を持った若者が嬉しそうに駆け足でやってきた。
2004年10月9日土曜日
透明な理由
ガラスの帽子が届いたのは、誕生日の八日前だった。
と言っても、その帽子が本当に誕生日のプレゼントなのかどうかわからない。
箱を開けて、首を傾げ、しばし唸り、もうすぐ誕生日だということを思い出した。
だから、誕生日プレゼントだということにしておく。
帽子は緑色のガラスでできていた。
見た目ほど重くはない。
僕は帽子をかぶった。
ガラスの帽子など、聞いたこともなかったが、かぶる以外の帽子の使用方法を僕は知らない。
普段は帽子をかぶらないが、この帽子の心地はよいとすぐにわかり、気分のよくなった僕はそのまま外にでた。
「あら、素敵なお帽子ね」ベレー帽のおばあさんに声をかけられた。
野球帽の子供がゆび指して笑った。
小さな白い帽子をかぶせられた赤ん坊にじっと見つめられた。
なかなかどうして、悪くないじゃないか。
「よう!」
友達に背中を叩かれて振り向く。
「お、偶然だな。ちょっと見てくれよ、この帽子。珍しいだろう?」
「は?帽子?帽子なんかかぶっていないじゃないか」帽子をかぶっていないのは、キミだよ。
と言っても、その帽子が本当に誕生日のプレゼントなのかどうかわからない。
箱を開けて、首を傾げ、しばし唸り、もうすぐ誕生日だということを思い出した。
だから、誕生日プレゼントだということにしておく。
帽子は緑色のガラスでできていた。
見た目ほど重くはない。
僕は帽子をかぶった。
ガラスの帽子など、聞いたこともなかったが、かぶる以外の帽子の使用方法を僕は知らない。
普段は帽子をかぶらないが、この帽子の心地はよいとすぐにわかり、気分のよくなった僕はそのまま外にでた。
「あら、素敵なお帽子ね」ベレー帽のおばあさんに声をかけられた。
野球帽の子供がゆび指して笑った。
小さな白い帽子をかぶせられた赤ん坊にじっと見つめられた。
なかなかどうして、悪くないじゃないか。
「よう!」
友達に背中を叩かれて振り向く。
「お、偶然だな。ちょっと見てくれよ、この帽子。珍しいだろう?」
「は?帽子?帽子なんかかぶっていないじゃないか」帽子をかぶっていないのは、キミだよ。
2004年10月4日月曜日
午睡
公園のベンチで帽子を目深にかぶってうたた寝ている男がいる。
真昼の日差しはどんなに帽子を深くかぶっても遮ることはできないだろう。
にもかかわらず帽子は男の呼吸に合わせて、すやすやと揺れる。
「おじさん、何してるの」
子供が近寄り尋ねる。帽子は男にかわって答える。
「おじさんはお昼寝」
「お昼寝?ぼくはもう大きくなったからお昼寝しないよ!」
「おじさんは、もうずいぶん前からおじさんだが、とても疲れている。だからお昼寝」
子供はベンチに座り、男に寄り掛かる。帽子はまたすやすやと揺れる。
先に目覚めた子供は、男の帽子を自分の頭に乗せ、男の頭を撫でると、歩き出した。
帽子は、あまりにも小さな頭に少し戸惑ったが、黙っていることにした。
真昼の日差しはどんなに帽子を深くかぶっても遮ることはできないだろう。
にもかかわらず帽子は男の呼吸に合わせて、すやすやと揺れる。
「おじさん、何してるの」
子供が近寄り尋ねる。帽子は男にかわって答える。
「おじさんはお昼寝」
「お昼寝?ぼくはもう大きくなったからお昼寝しないよ!」
「おじさんは、もうずいぶん前からおじさんだが、とても疲れている。だからお昼寝」
子供はベンチに座り、男に寄り掛かる。帽子はまたすやすやと揺れる。
先に目覚めた子供は、男の帽子を自分の頭に乗せ、男の頭を撫でると、歩き出した。
帽子は、あまりにも小さな頭に少し戸惑ったが、黙っていることにした。
2004年10月3日日曜日
2004年10月1日金曜日
象を捨てる
「ルイード、さあ行こう。」
私の言葉を合図に、象は静かに立ち上がり、歩き始めた。
大通りに出ると人々はおしゃべりをやめ、我々をさっと避けた。遠慮のない視線が突き刺さる。
我々が出れば、この街に象はいなくなる。街はそれをお望みだ。
いつから人々は象を疎むようになったのだ。象が何をしたというのだ。そんな疑問をぶつけられる相手も、もういない。
街を出て、砂漠を越えた。冷えた月明かりは私と象をひとまわり小さくさせた。河を渡り、森を見つけ、私と象はそこに留まった。豊かな森だった。象は鼻を使い薪を集め、私は象の背中に乗り果実を集めた。
いつのまにか私は白髪になり、足を痛め、象の背中から降りられなくなった。
「ルイード、出かける時がきたようだ。」
森を抜け河を渡り砂漠を越えた。やがて見えてきた街の明かりで、私の胸はいっぱいになった
「ああ。ルイード、あれが私たちの故郷だ。」
街に入ると、大歓声に包まれた。
********************
500文字の心臓 第42回タイトル競作投稿作
私の言葉を合図に、象は静かに立ち上がり、歩き始めた。
大通りに出ると人々はおしゃべりをやめ、我々をさっと避けた。遠慮のない視線が突き刺さる。
我々が出れば、この街に象はいなくなる。街はそれをお望みだ。
いつから人々は象を疎むようになったのだ。象が何をしたというのだ。そんな疑問をぶつけられる相手も、もういない。
街を出て、砂漠を越えた。冷えた月明かりは私と象をひとまわり小さくさせた。河を渡り、森を見つけ、私と象はそこに留まった。豊かな森だった。象は鼻を使い薪を集め、私は象の背中に乗り果実を集めた。
いつのまにか私は白髪になり、足を痛め、象の背中から降りられなくなった。
「ルイード、出かける時がきたようだ。」
森を抜け河を渡り砂漠を越えた。やがて見えてきた街の明かりで、私の胸はいっぱいになった
「ああ。ルイード、あれが私たちの故郷だ。」
街に入ると、大歓声に包まれた。
********************
500文字の心臓 第42回タイトル競作投稿作
2004年9月29日水曜日
河童・ド・キャアにて(主水くんの日記より)
湯舟に入っていると麦藁帽子をかぶったおじさんが入ってきた。
受付のケンさんが「帽子は脱いで下さい」と叫びながらおじさんを追い掛けてきたけど、おじさんは構わない。
鞠子おばちゃんはすぐに近寄って「背中を流しましょうか?」と言った。
おじさんが「ついでに頭も」と言うので
「では帽子を取ってもよいかしら?」と言った。
風呂にいた人がみんな注目した。
「わしは帽子なぞかぶっておらん」
鞠子おばちゃんはやりにくそうに麦藁帽子を洗っていた。
あんなに困っている鞠子おばちゃんははじめてみた。
受付のケンさんが「帽子は脱いで下さい」と叫びながらおじさんを追い掛けてきたけど、おじさんは構わない。
鞠子おばちゃんはすぐに近寄って「背中を流しましょうか?」と言った。
おじさんが「ついでに頭も」と言うので
「では帽子を取ってもよいかしら?」と言った。
風呂にいた人がみんな注目した。
「わしは帽子なぞかぶっておらん」
鞠子おばちゃんはやりにくそうに麦藁帽子を洗っていた。
あんなに困っている鞠子おばちゃんははじめてみた。
2004年9月26日日曜日
2004年9月25日土曜日
2004年9月24日金曜日
2004年9月22日水曜日
2004年9月21日火曜日
2004年9月19日日曜日
やっぱりマジシャンだった
私はシルクハットをテレビの中でマジシャンが持っているのしか見たことがなかった。
たぶんそれは私だけではないと思う。
シルクハットを被った人を見たのは、学校からの帰りだった。
シルクハット氏はジーンズにTシャツという、恐ろしくシルクハットの似合わない格好で、シルクハットをかぶっていた。
私はちょっと身構えた。相当、いや、絶対に、変わり者に違いない。声など掛けられたくない。
私はシルクハット氏の視界に入らないように、氏の真後ろを静かに歩いた。
気付かれないようにするのに夢中になりすぎて、いつのまにか家を通り越していた。
「ねえ?きみ、いつまでぼくの後をつけるつもり?」くるりと振り返ったシルクハット氏は思いの外、若かった。
全く想像していなかったことに、とてもカッコよかった。
私の胸はキュンとなった。
シルクハットは消えた。
たぶんそれは私だけではないと思う。
シルクハットを被った人を見たのは、学校からの帰りだった。
シルクハット氏はジーンズにTシャツという、恐ろしくシルクハットの似合わない格好で、シルクハットをかぶっていた。
私はちょっと身構えた。相当、いや、絶対に、変わり者に違いない。声など掛けられたくない。
私はシルクハット氏の視界に入らないように、氏の真後ろを静かに歩いた。
気付かれないようにするのに夢中になりすぎて、いつのまにか家を通り越していた。
「ねえ?きみ、いつまでぼくの後をつけるつもり?」くるりと振り返ったシルクハット氏は思いの外、若かった。
全く想像していなかったことに、とてもカッコよかった。
私の胸はキュンとなった。
シルクハットは消えた。
2004年9月18日土曜日
帽子をかぶった猫の話
向こうから黒猫のエスターがやってきて茶トラのゲイリーは声を掛けた。
『やあ、エスター。きみの頭に乗っている赤い物はなんだ?』
『こんにちは、ゲイリー。これ?拾ったの。温かくてとてもいいよ』
『ぼくも欲しい!どこで拾ったのか教えてよ』
ゲイリーはエスターに聞いた場所までやってきた。
大きい人間と小さな人間がベンチに座っている。
『あれだ』
ゲイリーは思った。
大きい人間はしきりに手を動かしている。
その中には色は違うがエスターの頭の物と同じようなふかふかしたものがあった。
「あ!ねこだ」
小さな人間がこちらに気付いた。
ゲイリーは少し迷ったが、近づくことにした。
「ママ、それ、このねこの帽子にしようよ」
「また?きのうもねこにあげちゃったじゃない。これはあなたの帽子なのよ」
「また作ればいいんだよ」かくしてゲイリーは毛糸の帽子を手に入れた。
明くる日、ゲイリーはギルバートと出会った。
『やあ!ゲイリー。なんだい?その頭に乗っている青いものは』
『やあ、エスター。きみの頭に乗っている赤い物はなんだ?』
『こんにちは、ゲイリー。これ?拾ったの。温かくてとてもいいよ』
『ぼくも欲しい!どこで拾ったのか教えてよ』
ゲイリーはエスターに聞いた場所までやってきた。
大きい人間と小さな人間がベンチに座っている。
『あれだ』
ゲイリーは思った。
大きい人間はしきりに手を動かしている。
その中には色は違うがエスターの頭の物と同じようなふかふかしたものがあった。
「あ!ねこだ」
小さな人間がこちらに気付いた。
ゲイリーは少し迷ったが、近づくことにした。
「ママ、それ、このねこの帽子にしようよ」
「また?きのうもねこにあげちゃったじゃない。これはあなたの帽子なのよ」
「また作ればいいんだよ」かくしてゲイリーは毛糸の帽子を手に入れた。
明くる日、ゲイリーはギルバートと出会った。
『やあ!ゲイリー。なんだい?その頭に乗っている青いものは』
2004年9月16日木曜日
帽子たちの行方
祖母は二十四時間帽子を被っていた。
朝起きるとすぐに、たくさんの帽子の中からひとつを選び、頭に載せる。
風呂に入る時は気分に合わせたシャワーキャップを、寝る時は寝巻に合わせたナイトキャップを。
いつだか夜中に、ずり落ちそうになったナイトキャップをイビキをかきながらしっかり直すのを見た時には、驚きを通り越して呆れたものだ。
そんな祖母が死ぬと後には大量の帽子が残った。
本当に膨大な数で、どのように処分してよいか、途方に暮れた。
ある日「帽子商」と名乗る男が訪ねて来て、祖母の帽子を引き取りたいと言ってきた。
「おばあさまの意志を尊重し、一番相応しい人に帽子を受け継いで頂くのです」
暗い感じの男で、信用したわけではなかったが、困っていたので、了承した。
以来、毎日帽子の写真のついたカードが届く。
祖母とよく似た筆跡で帽子の由来や思い出、新しい持ち主の紹介が書かれている。
祖母の帽子は軽く千を越えていた。
あと三年は毎日カードが届くのだろう。
朝起きるとすぐに、たくさんの帽子の中からひとつを選び、頭に載せる。
風呂に入る時は気分に合わせたシャワーキャップを、寝る時は寝巻に合わせたナイトキャップを。
いつだか夜中に、ずり落ちそうになったナイトキャップをイビキをかきながらしっかり直すのを見た時には、驚きを通り越して呆れたものだ。
そんな祖母が死ぬと後には大量の帽子が残った。
本当に膨大な数で、どのように処分してよいか、途方に暮れた。
ある日「帽子商」と名乗る男が訪ねて来て、祖母の帽子を引き取りたいと言ってきた。
「おばあさまの意志を尊重し、一番相応しい人に帽子を受け継いで頂くのです」
暗い感じの男で、信用したわけではなかったが、困っていたので、了承した。
以来、毎日帽子の写真のついたカードが届く。
祖母とよく似た筆跡で帽子の由来や思い出、新しい持ち主の紹介が書かれている。
祖母の帽子は軽く千を越えていた。
あと三年は毎日カードが届くのだろう。
2004年9月15日水曜日
画学生のいた日
ベレー帽を被った髪の長い女の人が公園に来るようになったのはいつのことだっただろうか。
その人はサッカーをしている僕たちのすぐ傍にしゃがみこんでスケッチをしていた。
遊んでる僕たちとその人とは、とても近いのに違う時間の中にいるようだった。
僕はスケッチをしている人もベレー帽を被っている人も見たことがなかったから、その女の人が特別なのか、ベレー帽を被りスケッチする人が皆そんなふうなのか、わからなかった。
母さんにその人の話をすると「きっと画学生ね。あんたたち、からかったり邪魔してないでしょうね」と睨まれた。
ガガクセイ。初めて聞く言葉だった。
僕は中学生になり、公園でサッカーはしなくなった。ベレー帽を被った女の人も見掛けることはなくなった。
時々、夜中の公園に一人で行き、彼女がスケッチしていた場所に座ってみる。
何が残っているわけではないけれど。
その人はサッカーをしている僕たちのすぐ傍にしゃがみこんでスケッチをしていた。
遊んでる僕たちとその人とは、とても近いのに違う時間の中にいるようだった。
僕はスケッチをしている人もベレー帽を被っている人も見たことがなかったから、その女の人が特別なのか、ベレー帽を被りスケッチする人が皆そんなふうなのか、わからなかった。
母さんにその人の話をすると「きっと画学生ね。あんたたち、からかったり邪魔してないでしょうね」と睨まれた。
ガガクセイ。初めて聞く言葉だった。
僕は中学生になり、公園でサッカーはしなくなった。ベレー帽を被った女の人も見掛けることはなくなった。
時々、夜中の公園に一人で行き、彼女がスケッチしていた場所に座ってみる。
何が残っているわけではないけれど。
2004年9月13日月曜日
チロリアンハット
少年は静かに弓を降ろした。
「うまいもんだね」
私はヴァイオリンケースに硬貨を投げ入れながら言った。
「ありがとう」
「その帽子もいいね。年季が入っている」
少年はボロボロのチロリアンハットを被っている。
「これはヴァイオリンよりも大切なんだ」
「どうして?」
「これがないと、上手く弾けない」
「帽子がないとダメだなんて、インチキだろう。さっきのコインは返してもらうよ」
「待ってよ、おじさん。帽子が特別なわけじゃないんだ」
私は疑り深い。あんなに汚れた帽子には、なにかがあるはずだ。
「そうか・・・じゃあ、私にもヴァイオリンの心得がある」
私は少年から帽子と楽器を奪いとった。
しかし、ヴァイオリンから出てきた音色は大したことはなかった。うまくもなく、へたでもない、私のいつものヴァイオリン。冴えないヴァイオリン。どこの楽団からもお呼びがかからない、私のヴァイオリン。
「ほらね」
少年はヴァイオリンだけを私から取り返し、一節弾いてみせた。
先と変わらないすばらしい音色が響く。
「帽子はね、お守りみたいなものだよ。じいちゃんも、とうちゃんも、これを頭に乗っけて稼いだ」
少年はチロリアンハットを私の手からもぎ取り、ヴァイオリンをケースにしまうと、走って行った。
「うまいもんだね」
私はヴァイオリンケースに硬貨を投げ入れながら言った。
「ありがとう」
「その帽子もいいね。年季が入っている」
少年はボロボロのチロリアンハットを被っている。
「これはヴァイオリンよりも大切なんだ」
「どうして?」
「これがないと、上手く弾けない」
「帽子がないとダメだなんて、インチキだろう。さっきのコインは返してもらうよ」
「待ってよ、おじさん。帽子が特別なわけじゃないんだ」
私は疑り深い。あんなに汚れた帽子には、なにかがあるはずだ。
「そうか・・・じゃあ、私にもヴァイオリンの心得がある」
私は少年から帽子と楽器を奪いとった。
しかし、ヴァイオリンから出てきた音色は大したことはなかった。うまくもなく、へたでもない、私のいつものヴァイオリン。冴えないヴァイオリン。どこの楽団からもお呼びがかからない、私のヴァイオリン。
「ほらね」
少年はヴァイオリンだけを私から取り返し、一節弾いてみせた。
先と変わらないすばらしい音色が響く。
「帽子はね、お守りみたいなものだよ。じいちゃんも、とうちゃんも、これを頭に乗っけて稼いだ」
少年はチロリアンハットを私の手からもぎ取り、ヴァイオリンをケースにしまうと、走って行った。
回れ右
バス停に着くと既にひとりおじいさんが並んでいた。
おじいさんは、麻のシャツを着て、パナマ帽を被り、ビシッとまっすぐ立っていた。まさに直立不動。
なんとなくおじいさんの意識をこちらに向けたくなかったので
僕はなるべく静かにさりげなく、その後に並んだ。
早くバスが来てくれないかしらん。
「やあ!」
突然、声が響いた。かわいらしくて元気な声。
でも、ここにはおじいさんと僕しかいない。
なのに、おじいさんは相変わらずビシッと立っていて驚く様子はない。
「やあ!今日も暑いよねー」
また声がした。やっぱり子供のような高い声。
おじいさんはそっと帽子を脱いだ。
白髪頭の上には白髪と同じ色をした小さなぬいぐるみが載っていた。
ぬいぐるみはぴくぴくと体を震わせながら言った。
「ねえねえ、どこ行くの?あ、バット持ってるんだ!野球?いいなー」
おじいさんは「回れ右」をして僕に言った。
「まっすぐ立っていないとコレが落ちるのでね」
おじいさんは、麻のシャツを着て、パナマ帽を被り、ビシッとまっすぐ立っていた。まさに直立不動。
なんとなくおじいさんの意識をこちらに向けたくなかったので
僕はなるべく静かにさりげなく、その後に並んだ。
早くバスが来てくれないかしらん。
「やあ!」
突然、声が響いた。かわいらしくて元気な声。
でも、ここにはおじいさんと僕しかいない。
なのに、おじいさんは相変わらずビシッと立っていて驚く様子はない。
「やあ!今日も暑いよねー」
また声がした。やっぱり子供のような高い声。
おじいさんはそっと帽子を脱いだ。
白髪頭の上には白髪と同じ色をした小さなぬいぐるみが載っていた。
ぬいぐるみはぴくぴくと体を震わせながら言った。
「ねえねえ、どこ行くの?あ、バット持ってるんだ!野球?いいなー」
おじいさんは「回れ右」をして僕に言った。
「まっすぐ立っていないとコレが落ちるのでね」
2004年9月10日金曜日
2004年9月9日木曜日
2004年9月7日火曜日
2004年9月6日月曜日
2004年9月5日日曜日
2004年9月4日土曜日
すいむ
ズボンのポケットに手をいれ、中を指でいじりながら、銀座の街を歩いていた。これは私の癖で、どのズボンも、ポケットの内側がほつれている。
「あ」
指が布を突き破った。薄くなったところに穴が空いたのだ。奇妙な感触が足を伝う。
「やだ、あの人おもらししてる」
ポケットに空いた穴から水が流れ落ちているのだ。見る見るうちに私の足元に水溜まりができた。
「これはおもらしではありません!」
思わず叫んだが、ますます周囲の人は避けていく。
「おっさん、長いションベンだな」
若者にからかわれたとおり、ポケットから流れ出る水の勢いは止まらない。
だれが呼んだのか、パトカーと救急車と消防車がやってきた。水は私の足首まで溜まり、近くの宝石店の中にまで流れ込んでいる。
「おい、すぐに来てくれ」
私は携帯で妻を呼び出した。妻が来るまでの四十分間で水は膝下まで溜まった。
いつの間にか、周りには誰もいなくなっている。高い場所に避難したのだろう。
妻は頭に裁縫箱を載せ、水着姿でやってきた。
「だから、糸と針を持ち歩いて、って言っているのに」
妻の不機嫌な声に返事をすることもできない。水で重たくなったズボンを苦労して脱ぎ、妻に渡す。
妻は未だ溢れ出す水を被ってびしょ濡れになりながらポケットの穴を繕った。水は跡形もなく引いた。
「あ」
指が布を突き破った。薄くなったところに穴が空いたのだ。奇妙な感触が足を伝う。
「やだ、あの人おもらししてる」
ポケットに空いた穴から水が流れ落ちているのだ。見る見るうちに私の足元に水溜まりができた。
「これはおもらしではありません!」
思わず叫んだが、ますます周囲の人は避けていく。
「おっさん、長いションベンだな」
若者にからかわれたとおり、ポケットから流れ出る水の勢いは止まらない。
だれが呼んだのか、パトカーと救急車と消防車がやってきた。水は私の足首まで溜まり、近くの宝石店の中にまで流れ込んでいる。
「おい、すぐに来てくれ」
私は携帯で妻を呼び出した。妻が来るまでの四十分間で水は膝下まで溜まった。
いつの間にか、周りには誰もいなくなっている。高い場所に避難したのだろう。
妻は頭に裁縫箱を載せ、水着姿でやってきた。
「だから、糸と針を持ち歩いて、って言っているのに」
妻の不機嫌な声に返事をすることもできない。水で重たくなったズボンを苦労して脱ぎ、妻に渡す。
妻は未だ溢れ出す水を被ってびしょ濡れになりながらポケットの穴を繕った。水は跡形もなく引いた。
2004年9月2日木曜日
なにを入れる?どこに入れる?
「青いポケットにはさくらんぼ、黄色いポケットにはハッカ飴、赤いポケットには消しゴム、緑のポケットにはひまわりの種よ、まちがえないでね」
ぼくはまず八百屋に行ってさくらんぼを買い、青いポケットにしまった。
つぎに駄菓子屋に行きハッカ飴を一つ買うと、緑のポケットに入れた。
駄菓子屋のとなりが花屋だったのでひまわりの種を貰い、黄色いのポケットに入れる。
文房具屋は少し遠かった。なんとか文房具屋に着き、消しゴムを買うと、店のおばさんに「間違いはないんだね?」と聞かれてうなずき、赤いポケットに入れる。
「あれほど注意したのに違ってる。黄色いポケットにはさくらんぼ、赤いポケットにはハッカ飴、緑のポケットには消しゴム、青いポケットにはひまわりの種、だよ」
ぼくはまず八百屋に行ってさくらんぼを買い、青いポケットにしまった。
つぎに駄菓子屋に行きハッカ飴を一つ買うと、緑のポケットに入れた。
駄菓子屋のとなりが花屋だったのでひまわりの種を貰い、黄色いのポケットに入れる。
文房具屋は少し遠かった。なんとか文房具屋に着き、消しゴムを買うと、店のおばさんに「間違いはないんだね?」と聞かれてうなずき、赤いポケットに入れる。
「あれほど注意したのに違ってる。黄色いポケットにはさくらんぼ、赤いポケットにはハッカ飴、緑のポケットには消しゴム、青いポケットにはひまわりの種、だよ」
2004年9月1日水曜日
ポケット屋へようこそ
いらっしゃいまし。
どんなポケットがお望みで?
ええ、こちらのズボンは何の変哲もないように見えますが
このポケットは、「いれこ」になっておりまして。
マトリョーシカ、ええ、さようでございますね。
こちらでございますか?貴方はお目が高こうございますね。この帽子、非常に人気がありまして。
このようにてっぺんにポケットがついております。傘を入れておくと便利だと評判でございます。
こちらはいかがでしょう。
寝袋でございますが、びっしりポケットがついています。
ほら、内側にも。寝袋はヒトが入るポケットでございますから当店でも仕入れに力を入れております。
あちらの部屋には、珍しいポケットが展示してございます。
あらゆる有袋類のポケットはもちろん、世界一大きなポケット、ポケットの化石、穴が開いているのに中の物が落ちないポケットなどをご覧になれます。
ええ、お金は頂戴いたしません。ごゆっくりどうぞ。
お気を付けて…目には見えない時空のポケットが落ちていますから……
どんなポケットがお望みで?
ええ、こちらのズボンは何の変哲もないように見えますが
このポケットは、「いれこ」になっておりまして。
マトリョーシカ、ええ、さようでございますね。
こちらでございますか?貴方はお目が高こうございますね。この帽子、非常に人気がありまして。
このようにてっぺんにポケットがついております。傘を入れておくと便利だと評判でございます。
こちらはいかがでしょう。
寝袋でございますが、びっしりポケットがついています。
ほら、内側にも。寝袋はヒトが入るポケットでございますから当店でも仕入れに力を入れております。
あちらの部屋には、珍しいポケットが展示してございます。
あらゆる有袋類のポケットはもちろん、世界一大きなポケット、ポケットの化石、穴が開いているのに中の物が落ちないポケットなどをご覧になれます。
ええ、お金は頂戴いたしません。ごゆっくりどうぞ。
お気を付けて…目には見えない時空のポケットが落ちていますから……
2004年8月31日火曜日
ご満悦ションヴォリ氏
「今日も暑いなあ、モンドくん」
「暑いですねぇ、博士」
レオナルド・ションヴォリ氏と主水くんは暑さを持て余していた。
「バナナミルクが飲みたい」
「またですか、博士。22分17秒前に飲んだばかりですのに」
「バナナミルクが飲みたい」
「わかりました」
主水くんは仕方なくキッチンに向かい、12分36秒戻らなかった。
「ほーい、モンドくん。バナナミルクはまだかね!」
「はいはい、ただいま」
主水くんは、大量のバナナミルクが入った瓶と長い長いストローを持ってきた。
「はい、博士。おまたせしました」
長いストローを挿した瓶はションヴォリ氏のスボンのポケットに入れられた。
黄色いスボンは瓶の重みでビヨンとだらしなく伸びてしまったがションヴォリ氏は気にしない。
「どうでしょう?博士」
「大変結構」
ションヴォリ氏は長い長いストローをくわえて、チュウゥとバナナミルクをすすった。
「暑いですねぇ、博士」
レオナルド・ションヴォリ氏と主水くんは暑さを持て余していた。
「バナナミルクが飲みたい」
「またですか、博士。22分17秒前に飲んだばかりですのに」
「バナナミルクが飲みたい」
「わかりました」
主水くんは仕方なくキッチンに向かい、12分36秒戻らなかった。
「ほーい、モンドくん。バナナミルクはまだかね!」
「はいはい、ただいま」
主水くんは、大量のバナナミルクが入った瓶と長い長いストローを持ってきた。
「はい、博士。おまたせしました」
長いストローを挿した瓶はションヴォリ氏のスボンのポケットに入れられた。
黄色いスボンは瓶の重みでビヨンとだらしなく伸びてしまったがションヴォリ氏は気にしない。
「どうでしょう?博士」
「大変結構」
ションヴォリ氏は長い長いストローをくわえて、チュウゥとバナナミルクをすすった。
2004年8月29日日曜日
Dancer In The Pocket
「八ヶ月ぶりになるかな、元気だった?」
ぼくはオーバーのポケットにそっと左手を入れて呼び掛けた。
舞姫の動きは、まだ眠たいのか、けだるそうだ。
その動きはぼくの手に優しく伝わる。
ぼくはこの舞姫を見たことがない。
ぼくの手の周りを時に激しく、時にゆったり舞う。
ぼくは何度も掴もうと試みたが、小さな小さな舞姫は見透かしたように指の間を擦り抜けてしまう。
手に感じる動きで舞姫が目覚めてきたのがわかる。
はらりひらり、と舞姫の衣の裾がぼくの指を掠めていく。薬指、人差し指、小指……。
だんだんと左手が熱を帯びてきた。
今年も悩ましい冬がやってくる。
ぼくはオーバーのポケットにそっと左手を入れて呼び掛けた。
舞姫の動きは、まだ眠たいのか、けだるそうだ。
その動きはぼくの手に優しく伝わる。
ぼくはこの舞姫を見たことがない。
ぼくの手の周りを時に激しく、時にゆったり舞う。
ぼくは何度も掴もうと試みたが、小さな小さな舞姫は見透かしたように指の間を擦り抜けてしまう。
手に感じる動きで舞姫が目覚めてきたのがわかる。
はらりひらり、と舞姫の衣の裾がぼくの指を掠めていく。薬指、人差し指、小指……。
だんだんと左手が熱を帯びてきた。
今年も悩ましい冬がやってくる。
2004年8月28日土曜日
2004年8月26日木曜日
2004年8月25日水曜日
ポケットアート
「いいものを見せてあげるよ」
とあなたが言う。
「あら、何かしら」
とわたしは聞く。
「世界の名画」
とあなたは言う。
「ミュージアムに行くお金なんてないでしょう」
とわたしが笑う。
「ゴーギャン」
あなたはズボンのポケットから絵を引っ張り出して広げる。
「まあ!」
「セザンヌ」
あなたはズボンのポケットから絵を引っ張り出して広げる。
「まあ!」
「次は誰の作品が見たい?」
とあなたが尋ねる。
「ピカソ」
とわたしが答える。
「あーダメダメ。今日はポールとしか契約していないんだ」
とあなたが言う。
「クレー」
とわたしが言う。
「パウル・クレー……オッケー、問題ない」
あなたはズボンのポケットから絵を引っ張り出して広げる。
とあなたが言う。
「あら、何かしら」
とわたしは聞く。
「世界の名画」
とあなたは言う。
「ミュージアムに行くお金なんてないでしょう」
とわたしが笑う。
「ゴーギャン」
あなたはズボンのポケットから絵を引っ張り出して広げる。
「まあ!」
「セザンヌ」
あなたはズボンのポケットから絵を引っ張り出して広げる。
「まあ!」
「次は誰の作品が見たい?」
とあなたが尋ねる。
「ピカソ」
とわたしが答える。
「あーダメダメ。今日はポールとしか契約していないんだ」
とあなたが言う。
「クレー」
とわたしが言う。
「パウル・クレー……オッケー、問題ない」
あなたはズボンのポケットから絵を引っ張り出して広げる。
2004年8月23日月曜日
シニザマ
「お昼にしましょう!」
先生の掛け声を聞くや否や、各々好きな場所でお弁当を広げはじめる。
わたしもちょっと大きな石に座り場所を見つけてリュックを降ろした。
あれ?
リュックの左脇にある小さなポケットが膨らんでいる。
ここにはちり紙しか入れていないはずなのに。
「あ゛~窮屈であった!」
「誰?いつからここにいるの?」
「見ればわかるだろう、鬼だ」
「でも、小さい…」
「鬼にもいろいろいるのだ。人間もそうであるように。」
鬼は死に場所を探しに来たのだ、と言った。
鬼は若く見えた。角は立派だし、赤い肌はスベスベだ。それでも寿命なのだという。
運んでいただき有り難う存じます、と最後に深々と頭を下げ歩きはじめた。
鬼は、学級委員の田口くんに踏まれて死んだ。
わたしは絶叫した。でも、声にならなかった。
先生の掛け声を聞くや否や、各々好きな場所でお弁当を広げはじめる。
わたしもちょっと大きな石に座り場所を見つけてリュックを降ろした。
あれ?
リュックの左脇にある小さなポケットが膨らんでいる。
ここにはちり紙しか入れていないはずなのに。
「あ゛~窮屈であった!」
「誰?いつからここにいるの?」
「見ればわかるだろう、鬼だ」
「でも、小さい…」
「鬼にもいろいろいるのだ。人間もそうであるように。」
鬼は死に場所を探しに来たのだ、と言った。
鬼は若く見えた。角は立派だし、赤い肌はスベスベだ。それでも寿命なのだという。
運んでいただき有り難う存じます、と最後に深々と頭を下げ歩きはじめた。
鬼は、学級委員の田口くんに踏まれて死んだ。
わたしは絶叫した。でも、声にならなかった。
2004年8月21日土曜日
2004年8月20日金曜日
かっぽう着
それはジュンの家から帰る途中だった。
少し遅くなって、早足で家へ向かっていた。
突然、足がすくみ、一歩も動けなくなった。
夕暮れをすぎた町は、なにもかもが違って見えた。
車の音も、遠くで鳴っている踏切の音も、作り物みたいに聞こえた。
家で待っているのは、ぼくの知っているお母さんではないのではないか。
ココハボクノシラナイマチダ
そう思ったら、動けなくなった。
一体どれくらい立ち尽くしていたのだろう。
何の前触れもなく真っ白なかっぽう着を着たおばさんが現れた。
「おやまあ」
ぼくは逃げ出したかった。
誰にも話し掛けられたくなかった。
おばさんはかっぽう着のポケットからみどり色のビー玉を出した。
「これをあげるから早く帰んなさい」
ビー玉を渡されたぼくは、弾けたように走り出した。
少し遅くなって、早足で家へ向かっていた。
突然、足がすくみ、一歩も動けなくなった。
夕暮れをすぎた町は、なにもかもが違って見えた。
車の音も、遠くで鳴っている踏切の音も、作り物みたいに聞こえた。
家で待っているのは、ぼくの知っているお母さんではないのではないか。
ココハボクノシラナイマチダ
そう思ったら、動けなくなった。
一体どれくらい立ち尽くしていたのだろう。
何の前触れもなく真っ白なかっぽう着を着たおばさんが現れた。
「おやまあ」
ぼくは逃げ出したかった。
誰にも話し掛けられたくなかった。
おばさんはかっぽう着のポケットからみどり色のビー玉を出した。
「これをあげるから早く帰んなさい」
ビー玉を渡されたぼくは、弾けたように走り出した。
2004年8月18日水曜日
2004年8月16日月曜日
2004年8月14日土曜日
2004年8月13日金曜日
父ちゃんと遊ぼう!
ケンのズボンはビックリ箱だ、と彼のお母さんのアキコさんは思う。
もうじき七歳になるケンくんは毎日ズボンのポケットにおみやげを入れて帰る。
それを翌朝洗濯するアキコさんは、いつも驚きっぱなしだ。
きのうはトカゲの死骸、おとといはセミの抜け殻。
干からびた犬のフンや、果肉のついたままの銀杏が入っていたときには閉口したものだ。
「さぁて、今日は何かな~」
アキコさんはケンくんの半ズボンのポケットを探る。
「あら!」
アキコさんはケンくんを呼んだ。
「これ、どうしたの?」
「きのういっしょにあそんだ子にもらった。オレの名札もあげたんだ。ゆうじょうのしるし、だって」
アキコさんは夫の名前の書かれた名札を持ったまま押し入れをさぐった。
夫のタカシさんの子供のころの品物が入った段ボール箱を引っ張り出す。
「あった、あった。ケン!見てごらん!ほら、ケンの名札だよ」
ケンくんは目を白黒させるばかり。
もうじき七歳になるケンくんは毎日ズボンのポケットにおみやげを入れて帰る。
それを翌朝洗濯するアキコさんは、いつも驚きっぱなしだ。
きのうはトカゲの死骸、おとといはセミの抜け殻。
干からびた犬のフンや、果肉のついたままの銀杏が入っていたときには閉口したものだ。
「さぁて、今日は何かな~」
アキコさんはケンくんの半ズボンのポケットを探る。
「あら!」
アキコさんはケンくんを呼んだ。
「これ、どうしたの?」
「きのういっしょにあそんだ子にもらった。オレの名札もあげたんだ。ゆうじょうのしるし、だって」
アキコさんは夫の名前の書かれた名札を持ったまま押し入れをさぐった。
夫のタカシさんの子供のころの品物が入った段ボール箱を引っ張り出す。
「あった、あった。ケン!見てごらん!ほら、ケンの名札だよ」
ケンくんは目を白黒させるばかり。
2004年8月12日木曜日
2004年8月10日火曜日
2004年8月9日月曜日
2004年8月8日日曜日
2004年8月6日金曜日
不思議を不思議と思わない不思議
ずんぐりむっくりで、あるところは茶色く、またある部分は緑色の掃部くんはレオナルド・ションヴォリ氏のおともだち。
耳はダランと垂れ下がり、鼻はもわもわでまんまるい。
太く長いしっぽを引きずって歩く姿はションヴォリ氏の笑いを誘う。
体のあちこちについている十二個のポケットには、いつもチョコレートやキャンディーやビスケットでいっぱいだ。
どうしてポケットが十二あって、チョコレートやキャンディーやビスケットが入っているのか、だれも知らないし、掃部くんもわからない。
でも掃部くんはそれをちっとも不思議に思っていないから不思議だ。
耳はダランと垂れ下がり、鼻はもわもわでまんまるい。
太く長いしっぽを引きずって歩く姿はションヴォリ氏の笑いを誘う。
体のあちこちについている十二個のポケットには、いつもチョコレートやキャンディーやビスケットでいっぱいだ。
どうしてポケットが十二あって、チョコレートやキャンディーやビスケットが入っているのか、だれも知らないし、掃部くんもわからない。
でも掃部くんはそれをちっとも不思議に思っていないから不思議だ。
2004年8月5日木曜日
2004年8月3日火曜日
2004年8月2日月曜日
白いワンピースのご婦人でした
「恐れ入りますが、あなたのポケットに入ってもかまいませんか?」
「結構ですよ。どちらになさいますか?」
「では……右の胸のポケットでお願いします」
「よろしゅうございます。あまり動かないでくださいませね。こそばゆいですから」
「結構ですよ。どちらになさいますか?」
「では……右の胸のポケットでお願いします」
「よろしゅうございます。あまり動かないでくださいませね。こそばゆいですから」
2004年8月1日日曜日
2004年7月31日土曜日
2004年7月29日木曜日
2004年7月28日水曜日
2004年7月27日火曜日
2004年7月26日月曜日
2004年7月25日日曜日
2004年7月23日金曜日
2004年7月21日水曜日
泣く女
26歳、男、独身。
服装は黒。黒いスーツに黒いサングラス、黒い帽子。
見るからに怪しい彼は探偵である。ただし、影専門の、である。
行方不明の影を探したり、不審な影を追い掛けるのが主な仕事だ。
黒い服装なのは彼自身が影になるためで、つまり仕事中の彼には影がない。
彼は今、若い女性からの依頼で犬の影を追い掛けている。
依頼が来たとき、これはチト厄介だ、と探偵は思った。
飼い主である彼女の影もないのだ。女はそれに気づいていない。
犬の影はすぐに見つかった。女はどうしたと問い詰めても犬は答えない。
+++++++++++++++++++++++++
2005.5 犬祭2(sleepdogさん主催)に参加
服装は黒。黒いスーツに黒いサングラス、黒い帽子。
見るからに怪しい彼は探偵である。ただし、影専門の、である。
行方不明の影を探したり、不審な影を追い掛けるのが主な仕事だ。
黒い服装なのは彼自身が影になるためで、つまり仕事中の彼には影がない。
彼は今、若い女性からの依頼で犬の影を追い掛けている。
依頼が来たとき、これはチト厄介だ、と探偵は思った。
飼い主である彼女の影もないのだ。女はそれに気づいていない。
犬の影はすぐに見つかった。女はどうしたと問い詰めても犬は答えない。
+++++++++++++++++++++++++
2005.5 犬祭2(sleepdogさん主催)に参加
2004年7月19日月曜日
2004年7月18日日曜日
Shadow's number
旅人は影を数える。
旅人は出会った人の影をノートに書き残した。
酒場で出会った無口な男の影はおしゃべりだったし、口の悪い雑貨屋の女主人の影は平心低頭だった。
100歳を超える人々の影は決まって緑色だったし、金持ちの影は薄かった。
鷹と同じくらい、子供は自分の影のことをよく知っていた。
分厚いと思っていた旅人のノートは、もう残り四頁しかない。
ずいぶんたくさんの影に出会ったものだ、と旅人は思う。
しかし旅は終わらない。
次は星を数えよう。それが済んだら石ころを数えよう。
旅人は出会った人の影をノートに書き残した。
酒場で出会った無口な男の影はおしゃべりだったし、口の悪い雑貨屋の女主人の影は平心低頭だった。
100歳を超える人々の影は決まって緑色だったし、金持ちの影は薄かった。
鷹と同じくらい、子供は自分の影のことをよく知っていた。
分厚いと思っていた旅人のノートは、もう残り四頁しかない。
ずいぶんたくさんの影に出会ったものだ、と旅人は思う。
しかし旅は終わらない。
次は星を数えよう。それが済んだら石ころを数えよう。
2004年7月17日土曜日
影地蔵
ふと見つけた路地に入っていった。
ここに暮らして八年経つが、こんなところに道があるとは、まったく気づかなかった。
道の両側は家の外壁が迫っており、狭い道をますます狭く感じさせる。
夕食の支度をしているのだろう、焼き魚の匂いがした。
しばらく進むと少し開けた場所に出た。
地蔵が立っている。
私は足がすくんだ。長い時間、目を逸らすことができなかった。
これといった特徴もない、どこにでもあるようなお地蔵さんだ。
私は「これが欲しい」と思ったのだった。
強く激しい衝動だった。
少し考えて、私は地蔵の影をいただくことにした。
やはり地蔵を家に持ち帰るわけにはいかない。
地蔵を担いで歩いたら人目につくし、重いし、おそらく犯罪になる。
暮れかかった影は長く伸びているが、それでも構わない。
地蔵の影の頭からゆっくり慎重にめくりはじめた。
慌てて破くと大事だが、急がなければ日が暮れてしまう。
端が剥がれると、あとは早かった。
剥がした地蔵の影を丸めて持ち、家路を急ぐ。
持ち帰った地蔵の影は、部屋で一番広い壁に張り付けた。
あつらえたように、ぴったりと収まった。
私は満足し、地蔵の影を肴に酒を飲み、布団に入った。
ここに暮らして八年経つが、こんなところに道があるとは、まったく気づかなかった。
道の両側は家の外壁が迫っており、狭い道をますます狭く感じさせる。
夕食の支度をしているのだろう、焼き魚の匂いがした。
しばらく進むと少し開けた場所に出た。
地蔵が立っている。
私は足がすくんだ。長い時間、目を逸らすことができなかった。
これといった特徴もない、どこにでもあるようなお地蔵さんだ。
私は「これが欲しい」と思ったのだった。
強く激しい衝動だった。
少し考えて、私は地蔵の影をいただくことにした。
やはり地蔵を家に持ち帰るわけにはいかない。
地蔵を担いで歩いたら人目につくし、重いし、おそらく犯罪になる。
暮れかかった影は長く伸びているが、それでも構わない。
地蔵の影の頭からゆっくり慎重にめくりはじめた。
慌てて破くと大事だが、急がなければ日が暮れてしまう。
端が剥がれると、あとは早かった。
剥がした地蔵の影を丸めて持ち、家路を急ぐ。
持ち帰った地蔵の影は、部屋で一番広い壁に張り付けた。
あつらえたように、ぴったりと収まった。
私は満足し、地蔵の影を肴に酒を飲み、布団に入った。
2004年7月16日金曜日
2004年7月15日木曜日
2004年7月13日火曜日
2004年7月12日月曜日
2004年7月11日日曜日
影喰う人
「腹が減りましたな」
と特急列車内で隣合わせた老紳士が言った。
「はぁ」
私はそれほど腹が減ってはいなかったが、否定もできず、そう答えた。
「あなたのを戴いてもよろしいかな」
「あの、私は弁当もつまみも持ち合わせていないので・・・車内販売を探してきましょうか」
紳士はさも愉快そうに、顔だけで笑った。
「あなたは若くて健康そうだから」
「ええ?私はまずいです」
「頭もよさそうだ。でも、あいにく私は人喰いの趣味はない。
私が戴きたいのは、あなたの影だ。ひとくちでよいのだが」
私は結局、断ることができなかった。
なんとなく、影を食べる様子を見てみたい気になったのだ。
紳士は大きめの箸を持ち、屈み込むと、私の左腕の影を綿飴のように絡め取った。
「酒が欲しくなりますな」と言いながら箸に巻き取られた黒いモヤを
とても旨そうにしゃぶった。
別れ際、紳士は欠けた影は数日で元通りになるはずだ、ごちそうさま、
と言って丁寧にお辞儀をした。
明日、大きめの箸を買に行こう。
と特急列車内で隣合わせた老紳士が言った。
「はぁ」
私はそれほど腹が減ってはいなかったが、否定もできず、そう答えた。
「あなたのを戴いてもよろしいかな」
「あの、私は弁当もつまみも持ち合わせていないので・・・車内販売を探してきましょうか」
紳士はさも愉快そうに、顔だけで笑った。
「あなたは若くて健康そうだから」
「ええ?私はまずいです」
「頭もよさそうだ。でも、あいにく私は人喰いの趣味はない。
私が戴きたいのは、あなたの影だ。ひとくちでよいのだが」
私は結局、断ることができなかった。
なんとなく、影を食べる様子を見てみたい気になったのだ。
紳士は大きめの箸を持ち、屈み込むと、私の左腕の影を綿飴のように絡め取った。
「酒が欲しくなりますな」と言いながら箸に巻き取られた黒いモヤを
とても旨そうにしゃぶった。
別れ際、紳士は欠けた影は数日で元通りになるはずだ、ごちそうさま、
と言って丁寧にお辞儀をした。
明日、大きめの箸を買に行こう。
2004年7月9日金曜日
Shadow Conductor
強い日差しの中、バスを待っていた。
汗を減らせるわけではないが、じっと下を向いていた。
急に、影が踊りだしたのだった。
私は自分がじっと動かずに立っていることを確かめなければならなかった。
影が踊っているからには、自分も踊っているはずだ。
暑さにやられて体が勝手に動いたのかもしれない。
しかし、やはり私は下を向いて立っているだけだった。
「影が退屈してたからね」
しゃがれた声に振り向くと黒いタクトを持った老人がいた。
「動きたくてウズウズしてたよ」
「どうもご親切に…」
老人がタクトを振ると影はくるりとお辞儀をした。
汗を減らせるわけではないが、じっと下を向いていた。
急に、影が踊りだしたのだった。
私は自分がじっと動かずに立っていることを確かめなければならなかった。
影が踊っているからには、自分も踊っているはずだ。
暑さにやられて体が勝手に動いたのかもしれない。
しかし、やはり私は下を向いて立っているだけだった。
「影が退屈してたからね」
しゃがれた声に振り向くと黒いタクトを持った老人がいた。
「動きたくてウズウズしてたよ」
「どうもご親切に…」
老人がタクトを振ると影はくるりとお辞儀をした。
2004年7月8日木曜日
2004年7月7日水曜日
2004年7月6日火曜日
ルミちゃんとハナちゃん
ちょっとおかしいのかしら、といつもはのんきなお母さんが心配するほど
四歳になる娘のルミちゃんのお人形遊びは熱が入っていました。
ルミちゃんは、ルミちゃんのおばぁちゃんがプレゼントしてくれたお人形を「ハナち
ゃん」と呼び、毎日のように遊んでいます。
ルミちゃんは、ほかの子と違い「ハナちゃんのセリフ」を決して言いません。
ルミちゃんはハナちゃんに何やらお伺いをたてたり、意見を述べたりするだけです。
もっとおかしいことがあります。
ルミちゃんはまったく、ハナちゃんの顔を見ないのです。
ルミちゃんはうつむいたり、どこか遠くを見ているような顔つきで、ハナちゃんに話しかけています。
お母さんは、注意深くルミちゃんがハナちゃんと遊ぶ様子を見てみることにしました。
「ハナちゃん、ルミは今日幼稚園で、お花の絵を書いたよ」
ルミちゃんはハナちゃんを小さな椅子に座らせ、部屋の白い壁に向かって話しかけています。
お母さんは壁をよく見ました。何もありません。
「あら」
白い壁にはハナちゃんの影がくっきり映っています。
ハナちゃんの影は生き生きと動き、ルミちゃんとおしゃべりしているのがわかります。
お母さんは安心しました。ルミちゃんはどこもおかしくなんかありません。
四歳になる娘のルミちゃんのお人形遊びは熱が入っていました。
ルミちゃんは、ルミちゃんのおばぁちゃんがプレゼントしてくれたお人形を「ハナち
ゃん」と呼び、毎日のように遊んでいます。
ルミちゃんは、ほかの子と違い「ハナちゃんのセリフ」を決して言いません。
ルミちゃんはハナちゃんに何やらお伺いをたてたり、意見を述べたりするだけです。
もっとおかしいことがあります。
ルミちゃんはまったく、ハナちゃんの顔を見ないのです。
ルミちゃんはうつむいたり、どこか遠くを見ているような顔つきで、ハナちゃんに話しかけています。
お母さんは、注意深くルミちゃんがハナちゃんと遊ぶ様子を見てみることにしました。
「ハナちゃん、ルミは今日幼稚園で、お花の絵を書いたよ」
ルミちゃんはハナちゃんを小さな椅子に座らせ、部屋の白い壁に向かって話しかけています。
お母さんは壁をよく見ました。何もありません。
「あら」
白い壁にはハナちゃんの影がくっきり映っています。
ハナちゃんの影は生き生きと動き、ルミちゃんとおしゃべりしているのがわかります。
お母さんは安心しました。ルミちゃんはどこもおかしくなんかありません。
2004年7月5日月曜日
電信柱と過ごした一日
ぷくぽわーんぽよーんふわん
電信柱の影の先っぽから丸い影が飛び出しているのに気づいたぼくは、飽きもせず道
に佇んでいた。
通行人はいぶかしげな顔していたかもしれない。
時々老人が話しかけてきたが、愛想の悪すぎるぼくにあきれて去っていった。
飛び出した丸い影は地面をさまよい、あるものは弾け、あるものは建物の陰に入って
見えなくなった。
電信柱は動かないが、電信柱の影は少しずつ移動するので、ぼくも一緒に移動しなけ
ればならなかった。
丸い影は大きかったり小さかったり、風に合わせてゆがんだり揺れたりした。
電信柱の影は、日没と同時にしゃぼん玉を止め、おなかがすいたのでぼくも家に帰る
ことにした。
電信柱の影の先っぽから丸い影が飛び出しているのに気づいたぼくは、飽きもせず道
に佇んでいた。
通行人はいぶかしげな顔していたかもしれない。
時々老人が話しかけてきたが、愛想の悪すぎるぼくにあきれて去っていった。
飛び出した丸い影は地面をさまよい、あるものは弾け、あるものは建物の陰に入って
見えなくなった。
電信柱は動かないが、電信柱の影は少しずつ移動するので、ぼくも一緒に移動しなけ
ればならなかった。
丸い影は大きかったり小さかったり、風に合わせてゆがんだり揺れたりした。
電信柱の影は、日没と同時にしゃぼん玉を止め、おなかがすいたのでぼくも家に帰る
ことにした。
2004年7月4日日曜日
からだなくとも
じぃちゃんとばぁちゃんは大恋愛をして一緒になった、と何百回となく聞かされていた。
死ぬ時もふたり仲良く、なんて言っていたけど、そんなのは心中でもしなくちゃ、叶うわけがない。
そしてばぁちゃんが先に逝った。
じぃちゃんは少し寂しそうだ。
明るくしているつもりのようだけど、ご飯の量も減ったし、口数も減った。
ぼくはちょっと迷っている。じぃちゃんに伝えるべきか、どうか。
どんな未練だかしらないけれど、じぃちゃんの影にはばぁちゃんの影が寄り添ったま
まなのだ。
ばぁちゃんがじぃちゃんに惚れていたのはよくわかった。
でも、それを知ったらじぃちゃんは自分の影にヤキモチを妬くかもしれない。
それとも三人?で仲良くやってくれるかな。うん、きっとそうだ。
「ねぇ、じぃちゃん。ちょっと見てよ……」
死ぬ時もふたり仲良く、なんて言っていたけど、そんなのは心中でもしなくちゃ、叶うわけがない。
そしてばぁちゃんが先に逝った。
じぃちゃんは少し寂しそうだ。
明るくしているつもりのようだけど、ご飯の量も減ったし、口数も減った。
ぼくはちょっと迷っている。じぃちゃんに伝えるべきか、どうか。
どんな未練だかしらないけれど、じぃちゃんの影にはばぁちゃんの影が寄り添ったま
まなのだ。
ばぁちゃんがじぃちゃんに惚れていたのはよくわかった。
でも、それを知ったらじぃちゃんは自分の影にヤキモチを妬くかもしれない。
それとも三人?で仲良くやってくれるかな。うん、きっとそうだ。
「ねぇ、じぃちゃん。ちょっと見てよ……」
2004年7月3日土曜日
2004年7月2日金曜日
2004年7月1日木曜日
2004年6月30日水曜日
まるでビーチパラソル
ビーチで使うパラソル並の大きな日傘だ。
それを持って歩くのを想像してほしい。
まず、狭い道を歩くのに不自由だ。
人とすれ違えば嫌な顔をされる。
とても重たくて、少しの風でバランスを崩す。
好きでそんな大きな日傘を持っているわけではない。
すべてわがままな影のせい。影の言い分はこうだ。
「暑い、眩しい。日焼けする。夏はわたしがはみ出さない大きな日傘を使いたまえ」
日焼けする影がどこにいるというのだ。
しかし、影に逆らうことができない。
影がついてこなければ外は歩けない。
だから今日も汗だくになりながら巨大日傘を差して歩く。
それを持って歩くのを想像してほしい。
まず、狭い道を歩くのに不自由だ。
人とすれ違えば嫌な顔をされる。
とても重たくて、少しの風でバランスを崩す。
好きでそんな大きな日傘を持っているわけではない。
すべてわがままな影のせい。影の言い分はこうだ。
「暑い、眩しい。日焼けする。夏はわたしがはみ出さない大きな日傘を使いたまえ」
日焼けする影がどこにいるというのだ。
しかし、影に逆らうことができない。
影がついてこなければ外は歩けない。
だから今日も汗だくになりながら巨大日傘を差して歩く。
2004年6月29日火曜日
白い影とリンゴジュース
白い影を持つ猫に導かれ、ぼくは一軒の家の前に立った。
「黒田医院 黒田幸之助」
小さな文字の表札だ。
扉を開けると机に向かっていた老人が振り向いた。
「久しぶりの患者だね」
老人の影もまた、白かった。
この人が黒田幸之助でおそらく医者なのだ、とぼくは思った。
そんな当たり前のことを確認している自分が滑稽に思える。
「君は気づいていないかもしれないが、君の影は治療を必要としている」
ぼくは足元に目をやった。よく目を凝らすとギザギザにささくれだっている、ぼくの影。でもギザギザなのは、影だけではない。
いいえ、先生。ぼくは薄々気づいていました。ぼくの影によくない事が起きているのを。だから、白い影の猫がやってきても、ちっとも驚きませんでした。
ぼくは声を出さずに答えた。
「それなら話は早い。君は賢いね。影もそう言っているよ。さあ、喉が乾いただろう。冷たいリンゴジュースだ。ゆっくり飲みなさい。おなかをこわすといけないから」
「黒田医院 黒田幸之助」
小さな文字の表札だ。
扉を開けると机に向かっていた老人が振り向いた。
「久しぶりの患者だね」
老人の影もまた、白かった。
この人が黒田幸之助でおそらく医者なのだ、とぼくは思った。
そんな当たり前のことを確認している自分が滑稽に思える。
「君は気づいていないかもしれないが、君の影は治療を必要としている」
ぼくは足元に目をやった。よく目を凝らすとギザギザにささくれだっている、ぼくの影。でもギザギザなのは、影だけではない。
いいえ、先生。ぼくは薄々気づいていました。ぼくの影によくない事が起きているのを。だから、白い影の猫がやってきても、ちっとも驚きませんでした。
ぼくは声を出さずに答えた。
「それなら話は早い。君は賢いね。影もそう言っているよ。さあ、喉が乾いただろう。冷たいリンゴジュースだ。ゆっくり飲みなさい。おなかをこわすといけないから」
2004年6月28日月曜日
キャラメル
突然、影が立ち上がって僕の首を絞める。
「や、やめ…いま……や……る」
ようやく影から解放されると、僕は激しくむせた。全く容赦のない影だ。
僕はポケットからキャラメルを取り出して影に与える。
難しいことではない。影の口元のあたりにキャラメルを落としてやればいい。
地面に落ちたキャラメルは、少し柔らかくなり、スッと吸い込まれるように消えた。
キャラメルがほしくなる度に影は僕の首を絞める。
「首を絞めるのだけは勘弁してくれよ。僕が死んだらキャラメルを食べられなくなる
んだぞ。ま、その前におまえも消えるか」
フンッと影が鼻息で返事をした、ような気がした。
やれやれ、残りのキャラメル、あと一つだよ。買っておかなくちゃ。
「や、やめ…いま……や……る」
ようやく影から解放されると、僕は激しくむせた。全く容赦のない影だ。
僕はポケットからキャラメルを取り出して影に与える。
難しいことではない。影の口元のあたりにキャラメルを落としてやればいい。
地面に落ちたキャラメルは、少し柔らかくなり、スッと吸い込まれるように消えた。
キャラメルがほしくなる度に影は僕の首を絞める。
「首を絞めるのだけは勘弁してくれよ。僕が死んだらキャラメルを食べられなくなる
んだぞ。ま、その前におまえも消えるか」
フンッと影が鼻息で返事をした、ような気がした。
やれやれ、残りのキャラメル、あと一つだよ。買っておかなくちゃ。
2004年6月27日日曜日
2004年6月26日土曜日
影踏み
僕は彼女の影ばかり見ている。
活発でよく気がつく彼女は、男女関係なくクラスで人気だ。
秘かに想いを寄せているヤツがいるのを知っているし、年下の女の子からプレゼント
を貰っているのも見たことがある。
なのに、どうしたわけか、彼女の影はいつも揺らめいて儚げなのだ。
僕は、ドキリとした。いや、ギョッとした、というべきかもしれない。
それ以来、彼女の影から目が離せない。
「ねぇ?Q君、最近下ばっかり見てるよ?どうしたの?」
ほら、もう彼女は僕の様子に気がついている。
僕は、影になりたい。影になってあの子の影に近づきたい。
「どうして震えているの?」と聞いて、そっと肩を抱き寄せたい。
いまのままじゃ、ちょっと踏んでみることしかできない。
それは、なんだかイケナイことのような気がして、いつも僕は後悔するんだ。
活発でよく気がつく彼女は、男女関係なくクラスで人気だ。
秘かに想いを寄せているヤツがいるのを知っているし、年下の女の子からプレゼント
を貰っているのも見たことがある。
なのに、どうしたわけか、彼女の影はいつも揺らめいて儚げなのだ。
僕は、ドキリとした。いや、ギョッとした、というべきかもしれない。
それ以来、彼女の影から目が離せない。
「ねぇ?Q君、最近下ばっかり見てるよ?どうしたの?」
ほら、もう彼女は僕の様子に気がついている。
僕は、影になりたい。影になってあの子の影に近づきたい。
「どうして震えているの?」と聞いて、そっと肩を抱き寄せたい。
いまのままじゃ、ちょっと踏んでみることしかできない。
それは、なんだかイケナイことのような気がして、いつも僕は後悔するんだ。
2004年6月11日金曜日
2004年6月10日木曜日
2004年6月9日水曜日
2004年6月8日火曜日
shadow broker
「影はいらんかね?」と靴磨きの男は言った。
靴磨きがたいていそうであるように、男の顔や手や服には靴墨が染み込み、表情を読み取るのは難しい。
オレは「間にあってます」とだけ答えた。
「いい影がいるんだけどなァ。きっと気に入るよ」
オレは時間がないなどと言い訳をして靴磨きを終わらせ、足早に歩きだした。
「いい影?どんな影?気に入るだって?誰が?オレが?それともオレの影が?」
足元を見ても影は答えない。
明日またあの靴磨きの男に会えるだろうか。
靴磨きがたいていそうであるように、男の顔や手や服には靴墨が染み込み、表情を読み取るのは難しい。
オレは「間にあってます」とだけ答えた。
「いい影がいるんだけどなァ。きっと気に入るよ」
オレは時間がないなどと言い訳をして靴磨きを終わらせ、足早に歩きだした。
「いい影?どんな影?気に入るだって?誰が?オレが?それともオレの影が?」
足元を見ても影は答えない。
明日またあの靴磨きの男に会えるだろうか。
2004年6月7日月曜日
moonlight shadow
「あなたは、あなたの影があなたの寝ている間、何をしているかご存知ですか?」
と伯母は言った。
「知らない」
ぼくは伯母の発する「あなた」という音が嫌いだった。
「影は毎晩あなたと一緒に寝ているわけではありません。満月の晩、影たちは砂浜に集まり、月明かりを浴びて踊るのです」
ぼくはまったく信じなかった。伯母の話はいつも悪い夢のようで気色悪い。
その四日後の真夜中、ぼくはぼくの影だけがないのに気づいた。
部屋には明かりがついており、ぼく以外の物の影は確かに見える。
伯母の話を思い出し、外に出た。満月が眩しかった。
いまごろ楽しく踊っているのだろうか。
と伯母は言った。
「知らない」
ぼくは伯母の発する「あなた」という音が嫌いだった。
「影は毎晩あなたと一緒に寝ているわけではありません。満月の晩、影たちは砂浜に集まり、月明かりを浴びて踊るのです」
ぼくはまったく信じなかった。伯母の話はいつも悪い夢のようで気色悪い。
その四日後の真夜中、ぼくはぼくの影だけがないのに気づいた。
部屋には明かりがついており、ぼく以外の物の影は確かに見える。
伯母の話を思い出し、外に出た。満月が眩しかった。
いまごろ楽しく踊っているのだろうか。
2004年6月6日日曜日
2004年6月5日土曜日
2004年6月4日金曜日
サンタさんのお仕事 後編
三太は、オムツの保管場所を確認したあと、台所に向かい、ミルクの支度をして寝室に戻った。
「ふぇ……」
「来たでござんすよ」
目が覚める寸前を捉え、赤ん坊を抱き上げ、寝室の外に出る。
「よしよしでござんす」
赤ん坊はそれほど大声で泣くこともなく三太の作ったミルクを飲んでいる。
「いい子でござんすなぁ」
そう、三太は夜泣きを盗みに来たのである。
どういうわけか、これだけは中井はまったく駄目で、赤ん坊がいよいよ大声で泣くものだから、危うく家人に見つかりそうになったのに懲りて、ついに夜泣き盗みは三太一人の仕事となった。
この晩、こうしたミルクやりやオムツ替えを何度か繰り返した三太は、明け方メッセージを残して佐藤邸を後にした。
「息子の夜泣きはすべて頂戴した。子守、託児のご用命は、大泥棒サンタまで」
「ふぇ……」
「来たでござんすよ」
目が覚める寸前を捉え、赤ん坊を抱き上げ、寝室の外に出る。
「よしよしでござんす」
赤ん坊はそれほど大声で泣くこともなく三太の作ったミルクを飲んでいる。
「いい子でござんすなぁ」
そう、三太は夜泣きを盗みに来たのである。
どういうわけか、これだけは中井はまったく駄目で、赤ん坊がいよいよ大声で泣くものだから、危うく家人に見つかりそうになったのに懲りて、ついに夜泣き盗みは三太一人の仕事となった。
この晩、こうしたミルクやりやオムツ替えを何度か繰り返した三太は、明け方メッセージを残して佐藤邸を後にした。
「息子の夜泣きはすべて頂戴した。子守、託児のご用命は、大泥棒サンタまで」
2004年6月3日木曜日
サンタさんのお仕事 前編
「三丁目の佐藤氏に長男が生まれた」
「本当でござんすか、親分」
「嘘をつく必要があるだろうか。佐藤は中井自動車の社員である」
「では、今晩盗みに参るでござんす」
この盗みは三太の仕事で、中井は参加しないことになっている。
真夜中、三太は佐藤宅の寝室に忍び込み、夫婦と赤ん坊の様子をよく観察した。
すやすやと眠る赤ん坊を見て三太はにっこりとした。
「まだ大丈夫でござんすね」
「本当でござんすか、親分」
「嘘をつく必要があるだろうか。佐藤は中井自動車の社員である」
「では、今晩盗みに参るでござんす」
この盗みは三太の仕事で、中井は参加しないことになっている。
真夜中、三太は佐藤宅の寝室に忍び込み、夫婦と赤ん坊の様子をよく観察した。
すやすやと眠る赤ん坊を見て三太はにっこりとした。
「まだ大丈夫でござんすね」
2004年6月2日水曜日
ニコニコロード掃討作戦
「スキヤキを食したい」
「スキヤキですか、親分。そんなら、スキヤキ鍋と牛肉が入り用でござんすな」
「卵も野菜もである」
「そんなにたくさんの店に盗みに入るのは難儀でござんす」
「ニコニコロードで一度に盗めばよい」
三太と中井は唐草スカーフを鼻の下で結び、明け方前のニコニコロード商店街に向かった。もちろん人通りはなく店のシャッターはすべて閉まっている。
「三太は電灯の埃を盗みたまえ。拙者はシャッターの埃を盗む」
「承知いたしやした」
木登りが得意な三太がスルスルと電灯に登り電灯に積もった真っ黒な埃を盗んでいく。
一方の中井は、シャッターの埃を一軒づつ盗み終えると道路を丁寧に掃いた。
「できたてほやほやのピカピカ商店街になりやしたね、親分」
「よし、メッセージを残さなければ」
さらさらさらのさらり
「ニコニコロードの埃はすべて戴いた。ついては本日夜7時半、スキヤキパーティーを催す。大勢の参加を期待している。大泥棒 サンタとナカイ」
そうしてその夜ニコニコロードの店主たちが持ち寄った材料でスキヤキパーティーが和やかに開かれた。
「スキヤキですか、親分。そんなら、スキヤキ鍋と牛肉が入り用でござんすな」
「卵も野菜もである」
「そんなにたくさんの店に盗みに入るのは難儀でござんす」
「ニコニコロードで一度に盗めばよい」
三太と中井は唐草スカーフを鼻の下で結び、明け方前のニコニコロード商店街に向かった。もちろん人通りはなく店のシャッターはすべて閉まっている。
「三太は電灯の埃を盗みたまえ。拙者はシャッターの埃を盗む」
「承知いたしやした」
木登りが得意な三太がスルスルと電灯に登り電灯に積もった真っ黒な埃を盗んでいく。
一方の中井は、シャッターの埃を一軒づつ盗み終えると道路を丁寧に掃いた。
「できたてほやほやのピカピカ商店街になりやしたね、親分」
「よし、メッセージを残さなければ」
さらさらさらのさらり
「ニコニコロードの埃はすべて戴いた。ついては本日夜7時半、スキヤキパーティーを催す。大勢の参加を期待している。大泥棒 サンタとナカイ」
そうしてその夜ニコニコロードの店主たちが持ち寄った材料でスキヤキパーティーが和やかに開かれた。
2004年6月1日火曜日
中井の独白
拙者は「中井自動車」の会長である。
創業は祖父。拙者は会社を継ぐために幼少から勉学に励んだ。
放蕩癖があった父はそんな拙者を見て笑っていた。もう少し遊ぶことも大事であると。
そんなことにも耳を貸さず、学校を出た拙者はまじめに働いた。社長になることは皆承知済みであるから、妬みもあった。
会長になったのは33才の時である。社長を通り越して会長になった。父が急死したためである。
三太が拙者の家に忍びこんだのは、拙者が会長になって三年三ヶ月と三日たった午前三時のことであった。
拙者が声を掛けたら驚愕し、付近にあった花瓶を割った。
その時の三太は大変な痩躯だった。
故に夜食を与えた。
三太は夜食を食べながら泥棒稼業がうまくない、と漏らしていた。
拙者は退屈な会長生活の刺激になると考え、三太の仕事を補佐することを決定した。
「拙者に手伝うことがあるか」と言ったら三太は泣いて喜んでいた。
これが拙者が大泥棒になった経緯である。
創業は祖父。拙者は会社を継ぐために幼少から勉学に励んだ。
放蕩癖があった父はそんな拙者を見て笑っていた。もう少し遊ぶことも大事であると。
そんなことにも耳を貸さず、学校を出た拙者はまじめに働いた。社長になることは皆承知済みであるから、妬みもあった。
会長になったのは33才の時である。社長を通り越して会長になった。父が急死したためである。
三太が拙者の家に忍びこんだのは、拙者が会長になって三年三ヶ月と三日たった午前三時のことであった。
拙者が声を掛けたら驚愕し、付近にあった花瓶を割った。
その時の三太は大変な痩躯だった。
故に夜食を与えた。
三太は夜食を食べながら泥棒稼業がうまくない、と漏らしていた。
拙者は退屈な会長生活の刺激になると考え、三太の仕事を補佐することを決定した。
「拙者に手伝うことがあるか」と言ったら三太は泣いて喜んでいた。
これが拙者が大泥棒になった経緯である。
2004年5月31日月曜日
三太の問わず語り
おいらは由緒正しい泥棒の家の生まれでござんす。
親父もそのまた親父もコソドロでござんした。
忘れもしない、三年前のお月さんの綺麗な晩でござんした。
おいらは親分の家にコソドロしに行ったんでござんす。
ほんの一万ポンドル札を頂こうと。エエ。
親分の財布は膨らむほど金が入ってござんした。
おいらは悩みました。
「もう一枚、盗んでいこうか」と。
その様子を親分は全部ご覧になっていたんでござんす。
親分は「気の小さい泥棒である。財布ごと持っていけばよいものを」と言いやした。
おいらは言い返すことができやせんでした。
「せっかくだから一杯やろうではないか」
おいらと親分は意気投合して、飲み明かしやした。
親分は泥棒に興味があるようでござんした。
「おいらが泥棒のイロハを教えましょか」と言うと
親分は頭を深々と下げて「お願いする」と言ってござんした。
これがおいらと親分の運命の出会いでござんす。
親父もそのまた親父もコソドロでござんした。
忘れもしない、三年前のお月さんの綺麗な晩でござんした。
おいらは親分の家にコソドロしに行ったんでござんす。
ほんの一万ポンドル札を頂こうと。エエ。
親分の財布は膨らむほど金が入ってござんした。
おいらは悩みました。
「もう一枚、盗んでいこうか」と。
その様子を親分は全部ご覧になっていたんでござんす。
親分は「気の小さい泥棒である。財布ごと持っていけばよいものを」と言いやした。
おいらは言い返すことができやせんでした。
「せっかくだから一杯やろうではないか」
おいらと親分は意気投合して、飲み明かしやした。
親分は泥棒に興味があるようでござんした。
「おいらが泥棒のイロハを教えましょか」と言うと
親分は頭を深々と下げて「お願いする」と言ってござんした。
これがおいらと親分の運命の出会いでござんす。
2004年5月30日日曜日
ダイヤを手に入れろ!! 後編
「あった、これである。2222年度ダイヤ改訂表」
「……やりやしたな、親分」
「さっそくメッセージを」
さらさらさらのさらり
翌朝。
「駅長、三太と中井が来たらしいですよ」
「なになに?『ダイヤはたしかに頂戴した。ついては2222年2月22日午後2時22分発の特急ニシキ、二号車に-2席の切符の便宜を図られたし。大泥棒サンタとナカイ』だとさ。ちゃんと代金が入ってるぞ」
「……やりやしたな、親分」
「さっそくメッセージを」
さらさらさらのさらり
翌朝。
「駅長、三太と中井が来たらしいですよ」
「なになに?『ダイヤはたしかに頂戴した。ついては2222年2月22日午後2時22分発の特急ニシキ、二号車に-2席の切符の便宜を図られたし。大泥棒サンタとナカイ』だとさ。ちゃんと代金が入ってるぞ」
2004年5月29日土曜日
ダイヤを手に入れろ! 前編
「三太、拙者はどうしても手に入れたいものがある」
「当ててご覧にいれやしょう。……ダイヤ。やっぱり大泥棒を名乗る者としてはダイヤは外せねえ」
「その通りである。計画はすでに綿密に立ててある」
「さすが親分」
「ダイヤをいち早く手に入れれば、アレをとるのも可能である」
「ダイヤの他にも何か盗るんでござんすか」
「見ていればわかる」
午前一時、三太と中井は駅に向かった。もちろん唐草スカーフは忘れない。
「親分、駅に来てどうするんでございやすか」
「駅でいただくのが確実だからである」
「ダイヤと言ったら金持ちか宝石店と相場が決まっているでござんしょ」
「当ててご覧にいれやしょう。……ダイヤ。やっぱり大泥棒を名乗る者としてはダイヤは外せねえ」
「その通りである。計画はすでに綿密に立ててある」
「さすが親分」
「ダイヤをいち早く手に入れれば、アレをとるのも可能である」
「ダイヤの他にも何か盗るんでござんすか」
「見ていればわかる」
午前一時、三太と中井は駅に向かった。もちろん唐草スカーフは忘れない。
「親分、駅に来てどうするんでございやすか」
「駅でいただくのが確実だからである」
「ダイヤと言ったら金持ちか宝石店と相場が決まっているでござんしょ」
2004年5月28日金曜日
狙うは大邸宅! 後編
「へい、親分。・・・まいごのまいごのこねこちゃん♪」
「おい三太」
「へい」
「他の歌はないのか」
「おいらはこの歌のほかは子守歌しか知りませんで」
「ならよい。拙者も歌おう」
わんわんわわーん わんわんわわーん
「枯れ葉、全部盗っちまいやしたね」
「では、メッセージを残しておこう」
さらさらさらのさらり
翌日驚いたのはお手伝いさん。
「奥様!ご覧になってくださいませ。お庭が」
「まぁ。ずいぶん綺麗になったこと。一体どなたが?」
「置き手紙がありますわ、奥様」
「枯れ葉はすべて頂戴した。ついては午前11時から焼き芋の宴を催す。是非参られたし 大泥棒サンタとナカイ」
「ぜひ参りましょう。おきぬ、あなたも支度して。昨日届いたさつまいもを持っていきましょう」
「おい三太」
「へい」
「他の歌はないのか」
「おいらはこの歌のほかは子守歌しか知りませんで」
「ならよい。拙者も歌おう」
わんわんわわーん わんわんわわーん
「枯れ葉、全部盗っちまいやしたね」
「では、メッセージを残しておこう」
さらさらさらのさらり
翌日驚いたのはお手伝いさん。
「奥様!ご覧になってくださいませ。お庭が」
「まぁ。ずいぶん綺麗になったこと。一体どなたが?」
「置き手紙がありますわ、奥様」
「枯れ葉はすべて頂戴した。ついては午前11時から焼き芋の宴を催す。是非参られたし 大泥棒サンタとナカイ」
「ぜひ参りましょう。おきぬ、あなたも支度して。昨日届いたさつまいもを持っていきましょう」
2004年5月27日木曜日
狙うは大邸宅! 前編
三太と中井は大泥棒を名乗っている。
スーツ姿に地下足袋を履き、唐草模様のシルクスカーフを頭にかぶって、あっちさんやらこっちさんやらの家に入る。
今夜の狙いは大邸宅。広い庭つきのお屋敷に、おばあさんと忠義なお手伝いさんだけが住んでいる。
「失敬する」
「おじゃまでござんす」
三太と中井は礼儀正しいので挨拶をして家に入る。
もちろん小声でだけれども。
「さて、今日は何を頂戴いたすでこざんすか。中井の親分」
「そうだな・・・枯れ葉だ」
「承知いたしやした」
ガサガサガサガサガサガサ
「おい三太」
「へい親分」
「盗みは静かにやらねばならぬ、と教えたのはおまえではないか」
「でも親分、枯れ葉は音が出るでござんす」
「左様か。ならば枯れ葉の音を隠すために歌を歌いたまえ」
スーツ姿に地下足袋を履き、唐草模様のシルクスカーフを頭にかぶって、あっちさんやらこっちさんやらの家に入る。
今夜の狙いは大邸宅。広い庭つきのお屋敷に、おばあさんと忠義なお手伝いさんだけが住んでいる。
「失敬する」
「おじゃまでござんす」
三太と中井は礼儀正しいので挨拶をして家に入る。
もちろん小声でだけれども。
「さて、今日は何を頂戴いたすでこざんすか。中井の親分」
「そうだな・・・枯れ葉だ」
「承知いたしやした」
ガサガサガサガサガサガサ
「おい三太」
「へい親分」
「盗みは静かにやらねばならぬ、と教えたのはおまえではないか」
「でも親分、枯れ葉は音が出るでござんす」
「左様か。ならば枯れ葉の音を隠すために歌を歌いたまえ」
2004年5月26日水曜日
2004年5月25日火曜日
2004年5月24日月曜日
2004年5月23日日曜日
2004年5月21日金曜日
2004年5月20日木曜日
2004年5月19日水曜日
2004年5月18日火曜日
2004年5月17日月曜日
2004年5月15日土曜日
2004年5月12日水曜日
2004年5月11日火曜日
2004年5月6日木曜日
2004年5月5日水曜日
2004年4月30日金曜日
2004年4月28日水曜日
2004年4月25日日曜日
2004年4月24日土曜日
2004年4月23日金曜日
2004年4月21日水曜日
2004年4月20日火曜日
2004年4月19日月曜日
2004年4月18日日曜日
2004年4月16日金曜日
2004年4月15日木曜日
2004年4月13日火曜日
2004年4月12日月曜日
2004年4月11日日曜日
2004年4月10日土曜日
2004年4月8日木曜日
2004年4月7日水曜日
2004年4月6日火曜日
2004年4月5日月曜日
2004年4月4日日曜日
2004年4月3日土曜日
2004年4月1日木曜日
2004年3月31日水曜日
2004年3月30日火曜日
2004年3月27日土曜日
2004年3月26日金曜日
2004年3月25日木曜日
2004年3月23日火曜日
2004年3月22日月曜日
2004年3月21日日曜日
2004年3月20日土曜日
2004年3月18日木曜日
2004年3月17日水曜日
2004年3月16日火曜日
2004年3月15日月曜日
2004年3月14日日曜日
2004年3月13日土曜日
2004年3月12日金曜日
2004年3月11日木曜日
2004年3月9日火曜日
2004年3月7日日曜日
2004年3月6日土曜日
2004年3月5日金曜日
かぼちゃ
「かぼちゃ風呂か。珍しいな」
他に客はいなかった。
気ままな一人旅で、温泉や浴場を見つけては入った。
「いらっしゃいまし」
「え?」
「かぼちゃですよ、旦那」
「ひぇー、かぼちゃが口をきいた」
「まま、そんなに驚かないで。不思議な体験も、一生に一度くらいようござんすよ」
かぼちゃはなかなかいいテノールの声だった。その声に誘われて湯に浸かった。
かぼちゃはどこからか酒を持ってきて、私に勧め、その声でこの風呂の歴史を語った。
その後、私の背中を流した。
私がそろそろ上がる、と言うと、お土産が外に置いてあるから、と言った。
脱衣所のカゴには私の荷物の上にパンプキンスープの缶が載っていた。
寂れかけた風呂屋に似合わないハイカラな品に、吹き出してからハッとした。
風呂場に戻ると、かぼちゃは居なくなっていた。
他に客はいなかった。
気ままな一人旅で、温泉や浴場を見つけては入った。
「いらっしゃいまし」
「え?」
「かぼちゃですよ、旦那」
「ひぇー、かぼちゃが口をきいた」
「まま、そんなに驚かないで。不思議な体験も、一生に一度くらいようござんすよ」
かぼちゃはなかなかいいテノールの声だった。その声に誘われて湯に浸かった。
かぼちゃはどこからか酒を持ってきて、私に勧め、その声でこの風呂の歴史を語った。
その後、私の背中を流した。
私がそろそろ上がる、と言うと、お土産が外に置いてあるから、と言った。
脱衣所のカゴには私の荷物の上にパンプキンスープの缶が載っていた。
寂れかけた風呂屋に似合わないハイカラな品に、吹き出してからハッとした。
風呂場に戻ると、かぼちゃは居なくなっていた。
2004年3月4日木曜日
2004年3月3日水曜日
2004年3月2日火曜日
2004年3月1日月曜日
2004年2月29日日曜日
2004年2月27日金曜日
2004年2月26日木曜日
2004年2月25日水曜日
2004年2月23日月曜日
2004年2月22日日曜日
2004年2月21日土曜日
2004年2月20日金曜日
2004年2月18日水曜日
2004年2月17日火曜日
2004年2月16日月曜日
2004年2月14日土曜日
2004年2月13日金曜日
2004年2月12日木曜日
2004年2月11日水曜日
大根
大きなボウルに山盛りの大根おろしを前に途方にくれている。
実は私はイライラすると大根をおろしてしまうのだ。
単純動作の繰り返しと、おろし金の感触と音が、私の気を休めてくれるらしい。
大抵は大根半分もおろせば気が済むのだが、今日は気が付くと五本もおろしていた。
大したことがあったわけではない。
ただ張り切ってミニスカートで、デートに出かけたら、某巨大交差点の真ん中でカエルのように転んでしまい、
その瞬間をたまたま来ていたテレビカメラに生放送で流されてしまった、というだけだ。
大量の大根おろしをどうして食べていいのか、わからない。
「なます」にしても食べきれないかもしれない。
大根おろしを「おすそわけ」するわけにもいかない。
だんだんトゲトゲしいものが胸に溢れてきた。
私は財布に手をのばした。まだ八百屋は開いているはずだ。
実は私はイライラすると大根をおろしてしまうのだ。
単純動作の繰り返しと、おろし金の感触と音が、私の気を休めてくれるらしい。
大抵は大根半分もおろせば気が済むのだが、今日は気が付くと五本もおろしていた。
大したことがあったわけではない。
ただ張り切ってミニスカートで、デートに出かけたら、某巨大交差点の真ん中でカエルのように転んでしまい、
その瞬間をたまたま来ていたテレビカメラに生放送で流されてしまった、というだけだ。
大量の大根おろしをどうして食べていいのか、わからない。
「なます」にしても食べきれないかもしれない。
大根おろしを「おすそわけ」するわけにもいかない。
だんだんトゲトゲしいものが胸に溢れてきた。
私は財布に手をのばした。まだ八百屋は開いているはずだ。
2004年2月10日火曜日
2004年2月6日金曜日
2004年2月5日木曜日
アスパラガス
アカリは魔女。まだ修行中の11歳。
アカリの一族は身の回りのものを食べ物に変える術を大切にしているんだ。
この地方では昔、「キキン」と言って、畑の作物が取れなくて、おなかをすかせて死んだり、病気になることがよくあったんだって。
だから村の人を助けるために、食べ物に関係のある魔法がたくさんあるんだよ。
あたしがいま一番得意なのは「ロウソクをアスパラガスに変える術」。
火のついたロウソクに呪文をかけるの。
呪文は覚えにくいし、あんまりカッコよくない。
「つけにせひのほげらっぱ」
そうするとロウソクは緑のアスパラガスに変わっちゃう。
大きくておいしいのよ。今度ごちそうしてあげるからね。
でもさ、アスパラガスも大事だけど、ロウソクも大事でしょ。
だからちょっと困ってるの。
アカリの一族は身の回りのものを食べ物に変える術を大切にしているんだ。
この地方では昔、「キキン」と言って、畑の作物が取れなくて、おなかをすかせて死んだり、病気になることがよくあったんだって。
だから村の人を助けるために、食べ物に関係のある魔法がたくさんあるんだよ。
あたしがいま一番得意なのは「ロウソクをアスパラガスに変える術」。
火のついたロウソクに呪文をかけるの。
呪文は覚えにくいし、あんまりカッコよくない。
「つけにせひのほげらっぱ」
そうするとロウソクは緑のアスパラガスに変わっちゃう。
大きくておいしいのよ。今度ごちそうしてあげるからね。
でもさ、アスパラガスも大事だけど、ロウソクも大事でしょ。
だからちょっと困ってるの。
2004年2月4日水曜日
2004年2月3日火曜日
ほうれん草
「もう、限界なの」
私は相手の顔を見ずに言った。
視線の先にはほうれん草のおひたし。
小さな陶器に盛られたおひたし。
この器はふらりと寄った陶芸作家の個展で見つけたのだった。
ちょっと高いけど、ひとめで気に入った。
目の前の男と私の分、へそくりで買った。
それ以来、おひたしはこの器、すっかり食卓の定番になった。
別れてもこの器は手放さないようにしなくては。
私はそんなことを思いながら、ほうれん草に向かって静かに別れの訳を語り続けた。
「言いたいことはよくわかった」
男もまた、私の顔を見てないだろう。
男は未練がましくいいわけをしているようだ。
黙ってほうれん草のおひたしを食べる。
話を聞いてくれたのは、ほうれん草。
私は相手の顔を見ずに言った。
視線の先にはほうれん草のおひたし。
小さな陶器に盛られたおひたし。
この器はふらりと寄った陶芸作家の個展で見つけたのだった。
ちょっと高いけど、ひとめで気に入った。
目の前の男と私の分、へそくりで買った。
それ以来、おひたしはこの器、すっかり食卓の定番になった。
別れてもこの器は手放さないようにしなくては。
私はそんなことを思いながら、ほうれん草に向かって静かに別れの訳を語り続けた。
「言いたいことはよくわかった」
男もまた、私の顔を見てないだろう。
男は未練がましくいいわけをしているようだ。
黙ってほうれん草のおひたしを食べる。
話を聞いてくれたのは、ほうれん草。
2004年2月2日月曜日
2004年2月1日日曜日
衝撃
オレはやわらかいトンネルの中にいる。匍匐前進。ゆっくりゆっくり進む。
もう何十時間もこうして少しづつ進んでいる。どこへ向かっているのか、わかっている。でも、わかっていないのかもしれない。
頭が窮屈で痛い。とにかく狭いトンネルなのだ。頭でトンネルを押し広げながら進むしかない。
時折、トンネル全体がひずみ、身体中が締め付けられる。こんな痛みは初めてだ。気が遠くなる。それでも進むのをやめるわけにはいかない。
前方にかすかな光を感じ、オレはやや元気を回復した。とにかくあそこまで行けばいいのだ。
だんだんと光は大きくなってきた。しかし、それに伴い頭痛もひどくなっていく。「もう、だめだ」
今度こそ本当に気を失う、と思ったそのときオレは光の射す方へと一気に押し出された。強い光と冷たい空気がオレを突き刺す。さっきまでオレがいた、薄暗く暖かな世界とは大違いだ。
オレはこれからこんな世界で生きていくのか!
恐れ戦いたオレは、あらんかぎりの大声で泣き叫んだ。
オレの渾身の叫びを聞いて喜んでいる女がいる。
********************
500文字の心臓 第34回タイトル競作投稿作
○1
もう何十時間もこうして少しづつ進んでいる。どこへ向かっているのか、わかっている。でも、わかっていないのかもしれない。
頭が窮屈で痛い。とにかく狭いトンネルなのだ。頭でトンネルを押し広げながら進むしかない。
時折、トンネル全体がひずみ、身体中が締め付けられる。こんな痛みは初めてだ。気が遠くなる。それでも進むのをやめるわけにはいかない。
前方にかすかな光を感じ、オレはやや元気を回復した。とにかくあそこまで行けばいいのだ。
だんだんと光は大きくなってきた。しかし、それに伴い頭痛もひどくなっていく。「もう、だめだ」
今度こそ本当に気を失う、と思ったそのときオレは光の射す方へと一気に押し出された。強い光と冷たい空気がオレを突き刺す。さっきまでオレがいた、薄暗く暖かな世界とは大違いだ。
オレはこれからこんな世界で生きていくのか!
恐れ戦いたオレは、あらんかぎりの大声で泣き叫んだ。
オレの渾身の叫びを聞いて喜んでいる女がいる。
********************
500文字の心臓 第34回タイトル競作投稿作
○1
2004年1月31日土曜日
じゃがいも
男爵と女王がまた言い合いをしている。
俺のポテトサラダに関する議論らしい。
二人はある日突然台所に現れ、そのまま居ついてしまった。
男爵と女王はそれぞれ「男爵である」「女王である」名乗ったので、そう呼ぶことにしているが、あまりそのような高貴なものに馴染みがないので、本当は少し困っている。
「おい、男爵」とか「女王、ちょっと」などと呼びかけるのはどうにも気がとがめる。
男の一人暮らしの狭い部屋にわけのわからぬ男女が住み着くのは妙なので、初めの数日は出ていくように丁重に頼んだが、
「おぬしが呼んだのではないか」
と言って埒があかない。
彼らはどういうわけか、俺が好物のじゃがいもを食べる度に大騒ぎする。
ところが夜は二人でゴソゴソやっているらしい。
身分が違うのにいいのかな、などと思いながら俺は寝る。
そのうち「王子」なんてのが出てくると困るので、俺は今、当分じゃがいもを食べるのを止めようと思っている。
俺のポテトサラダに関する議論らしい。
二人はある日突然台所に現れ、そのまま居ついてしまった。
男爵と女王はそれぞれ「男爵である」「女王である」名乗ったので、そう呼ぶことにしているが、あまりそのような高貴なものに馴染みがないので、本当は少し困っている。
「おい、男爵」とか「女王、ちょっと」などと呼びかけるのはどうにも気がとがめる。
男の一人暮らしの狭い部屋にわけのわからぬ男女が住み着くのは妙なので、初めの数日は出ていくように丁重に頼んだが、
「おぬしが呼んだのではないか」
と言って埒があかない。
彼らはどういうわけか、俺が好物のじゃがいもを食べる度に大騒ぎする。
ところが夜は二人でゴソゴソやっているらしい。
身分が違うのにいいのかな、などと思いながら俺は寝る。
そのうち「王子」なんてのが出てくると困るので、俺は今、当分じゃがいもを食べるのを止めようと思っている。
2004年1月30日金曜日
2004年1月29日木曜日
2004年1月28日水曜日
タマネギ
ムズムズとタマネギが動くので
一枚一枚ゆっくりと剥いでいった。
どうせハンバーグのために微塵切りにするのだから構わない。
小さくなるにつれてムズムズは大きくなった。
「おとなしくしてないと、むけないよ」
と声を掛けると静かになった。
だんだん温もりが伝わってきた。
とっくに確信していたが、何かいることが実感された。
「もう大丈夫。出られるよ」
と聞こえたので、まな板の上に小さくなったタマネギをそっと降ろした。
ムズムズはやがてグラグラになりメリメリになってそれは生まれた。
「剥いたタマネギね、おれっちが養分吸っちゃったから、おいしくないよ。んじゃ」
それはあっさりと消えた。
残されたタマネギの欠片の一つををかじってみたら、
本当に何の味も辛みもないので
もう一つタマネギを出してこようとしたが、ひとつも残ってないのを思いだし、ため息とともに財布を手にした。
一枚一枚ゆっくりと剥いでいった。
どうせハンバーグのために微塵切りにするのだから構わない。
小さくなるにつれてムズムズは大きくなった。
「おとなしくしてないと、むけないよ」
と声を掛けると静かになった。
だんだん温もりが伝わってきた。
とっくに確信していたが、何かいることが実感された。
「もう大丈夫。出られるよ」
と聞こえたので、まな板の上に小さくなったタマネギをそっと降ろした。
ムズムズはやがてグラグラになりメリメリになってそれは生まれた。
「剥いたタマネギね、おれっちが養分吸っちゃったから、おいしくないよ。んじゃ」
それはあっさりと消えた。
残されたタマネギの欠片の一つををかじってみたら、
本当に何の味も辛みもないので
もう一つタマネギを出してこようとしたが、ひとつも残ってないのを思いだし、ため息とともに財布を手にした。
2004年1月26日月曜日
2004年1月25日日曜日
かぼちゃ
おたきさんは、パンプキンパイを焼く名人だ。
今日もおたきさんは特大パンプキンパイを焼き上げた。
「うーん、いい香り!さっそくご近所に配らなくちゃ。」
おたきさんのパイを楽しみにしている人は16人。
だからとびきり大きなパイを焼く。
ところがどっこい、パンプキンパイは逃げ出した。
テーブルを飛び降り、窓から飛び出し、ごろんごろん。
庭を横切りごろんごろんごろんごろん。
「だれかー。そのパイを捕まえてー」
おたきさんの叫びを聞いてみんなが出てきた。
「こりゃ大変、おたきさんのパンプキンパイが逃げ出したぞ」
村一番の早足が追いかけていったが、しばらくしてすごすごと帰ってきた。
「今年最後のかぼちゃだったのよ」
おたきさんの言葉を聞いて、みんながっくり。
そのころパンプキンパイは森の小人の村にいた。
小人は大喜び。こんなおいしいパイははじめてだ。
小人たちがたらふく食べてちょっぴり欠けたパンプキンパイ、さよならして走り出した。
ごろりんごろ ごろりごろん ごろんごろり ごろごろ
帰ってきたパンプキンパイ、おたきさんも村人も大喜び。あぁよかったね。
今日もおたきさんは特大パンプキンパイを焼き上げた。
「うーん、いい香り!さっそくご近所に配らなくちゃ。」
おたきさんのパイを楽しみにしている人は16人。
だからとびきり大きなパイを焼く。
ところがどっこい、パンプキンパイは逃げ出した。
テーブルを飛び降り、窓から飛び出し、ごろんごろん。
庭を横切りごろんごろんごろんごろん。
「だれかー。そのパイを捕まえてー」
おたきさんの叫びを聞いてみんなが出てきた。
「こりゃ大変、おたきさんのパンプキンパイが逃げ出したぞ」
村一番の早足が追いかけていったが、しばらくしてすごすごと帰ってきた。
「今年最後のかぼちゃだったのよ」
おたきさんの言葉を聞いて、みんながっくり。
そのころパンプキンパイは森の小人の村にいた。
小人は大喜び。こんなおいしいパイははじめてだ。
小人たちがたらふく食べてちょっぴり欠けたパンプキンパイ、さよならして走り出した。
ごろりんごろ ごろりごろん ごろんごろり ごろごろ
帰ってきたパンプキンパイ、おたきさんも村人も大喜び。あぁよかったね。
2004年1月24日土曜日
2004年1月23日金曜日
2004年1月21日水曜日
2004年1月20日火曜日
2004年1月19日月曜日
2004年1月18日日曜日
2004年1月17日土曜日
くたびれた主水くんのこと
「健気な若者だった。なあ?モンドくん」とションヴォリ氏。
「やっぱり愛だよな」と摩耶。
「人殺しはよくないと思う……」
と百合ちゃん。
「ぼく、にんじゃになる。あんちゃん、ちゃんばらしよう!」
と掃部くん。
主水くんは「おいしい山菜が食べたいな」と思っていたが、口には出さなかった。
もし言えば、このまま山に行くことになるだろうから。
主水くんはちょっと疲れている。
レオナルド・ションヴォリ氏は相変わらずじいさんで主水くんも少し前からじいさんだ。
「ほれ、モンドくん」
「はい、博士」
「やっぱり愛だよな」と摩耶。
「人殺しはよくないと思う……」
と百合ちゃん。
「ぼく、にんじゃになる。あんちゃん、ちゃんばらしよう!」
と掃部くん。
主水くんは「おいしい山菜が食べたいな」と思っていたが、口には出さなかった。
もし言えば、このまま山に行くことになるだろうから。
主水くんはちょっと疲れている。
レオナルド・ションヴォリ氏は相変わらずじいさんで主水くんも少し前からじいさんだ。
「ほれ、モンドくん」
「はい、博士」
2004年1月16日金曜日
父の真実
長助は刀を振り回しながらいつしか涙を流していた。
そして、刀を降ろした。
長助の父、長吉も、父の仇討ちを狙う為に、隣国のスパイを監視する忍者になった。
監視を続けるうちスパイの女と長吉は恋に落ちた。
それが知れ渡り、やむなく自害することとなったのだ。
父は殺されたように見せかけるため、女に斬らせた上で、転げ落ちるようにして川へ飛び込んだのだ。
長助の初めて知る父の姿だった。
奥から娘が出てきた。7,8歳だろうか、色の白い子だ。女は言った。
「あんたの妹さ。あたしは自分の国に帰らなきゃいけない。どうか、この子を養ってやってください」
父の死の真相は明らかになった。
もう、長助に恨む者はない。
三代続いた父の仇のための忍者ごっこはおしまいだ。
いや、終わりにしなければならぬ。
これ以上戦ってもまたお互い仇を生むだけだ。
長助は忍者の看板を降ろした。
そもそも隣国のことなんて何一つしらないのだ。
長助は鍛冶屋に専念し、山菜売りは母と妹が継いだ。
長吉16の秋のこと。
完
そして、刀を降ろした。
長助の父、長吉も、父の仇討ちを狙う為に、隣国のスパイを監視する忍者になった。
監視を続けるうちスパイの女と長吉は恋に落ちた。
それが知れ渡り、やむなく自害することとなったのだ。
父は殺されたように見せかけるため、女に斬らせた上で、転げ落ちるようにして川へ飛び込んだのだ。
長助の初めて知る父の姿だった。
奥から娘が出てきた。7,8歳だろうか、色の白い子だ。女は言った。
「あんたの妹さ。あたしは自分の国に帰らなきゃいけない。どうか、この子を養ってやってください」
父の死の真相は明らかになった。
もう、長助に恨む者はない。
三代続いた父の仇のための忍者ごっこはおしまいだ。
いや、終わりにしなければならぬ。
これ以上戦ってもまたお互い仇を生むだけだ。
長助は忍者の看板を降ろした。
そもそも隣国のことなんて何一つしらないのだ。
長助は鍛冶屋に専念し、山菜売りは母と妹が継いだ。
長吉16の秋のこと。
完
2004年1月15日木曜日
父の仇
そしてついにその機会はやってきた。
山菜を買う奥さんの輪の中に鋭い目をした女がいたのだ。
若くないが身体が引き締まっているのが着物の上からでも見て取れる。
なんともないようで隙のない身のこなし。
長助は時間をかけて女を追った。ここで焦ってはいけない。
やっとのことで女の住まいを見つけだした。
「ごめんください。山菜のご用はありますか?」
「悪いね、うちは間に合ってるよ。」
長助は背中に隠した刀を取り出し、声色を変えた。
「ここであったが百年目、盲亀の浮木、うどんげの花・・・」
「長吉つぁん?」
女は父の名をつぶやいた。
「やはり、おぬしが父の仇。覚悟致せ。」
長助は女に切りかかった。
女はひらりと身を翻し、戸の脇に常備していると見える刀を手にした。
激しく刀を交えながら女は喋り続けた。
「あんた、長吉っつぁんの倅だね?あたしの話を聞いとくれ。」
「問答無用」
「そんなら勝手に喋るわ」
山菜を買う奥さんの輪の中に鋭い目をした女がいたのだ。
若くないが身体が引き締まっているのが着物の上からでも見て取れる。
なんともないようで隙のない身のこなし。
長助は時間をかけて女を追った。ここで焦ってはいけない。
やっとのことで女の住まいを見つけだした。
「ごめんください。山菜のご用はありますか?」
「悪いね、うちは間に合ってるよ。」
長助は背中に隠した刀を取り出し、声色を変えた。
「ここであったが百年目、盲亀の浮木、うどんげの花・・・」
「長吉つぁん?」
女は父の名をつぶやいた。
「やはり、おぬしが父の仇。覚悟致せ。」
長助は女に切りかかった。
女はひらりと身を翻し、戸の脇に常備していると見える刀を手にした。
激しく刀を交えながら女は喋り続けた。
「あんた、長吉っつぁんの倅だね?あたしの話を聞いとくれ。」
「問答無用」
「そんなら勝手に喋るわ」
2004年1月13日火曜日
忍者になった長助のわけ
長助は隣国のスパイの噂を聞いた。
父の長吉はスパイの諜報活動を目撃してしまい、「消された」のでは、という内容だった。
そして長助は父の仇を討つために忍者としての修行をつみ、望み通り隣国のスパイを監視する役を仰せつかったのである。
与えられた仕事は監視することのみ。しかし長助は心に決めていた。
スパイと接触し、父の殺しと関係があるとわかれば、仇を討つと。
そのために長助は父の作品である大小を念入りに手入れしていた。
小刀はいつも懐に忍ばせ、いざという時には刀を持参するつもりだった。
父の長吉はスパイの諜報活動を目撃してしまい、「消された」のでは、という内容だった。
そして長助は父の仇を討つために忍者としての修行をつみ、望み通り隣国のスパイを監視する役を仰せつかったのである。
与えられた仕事は監視することのみ。しかし長助は心に決めていた。
スパイと接触し、父の殺しと関係があるとわかれば、仇を討つと。
そのために長助は父の作品である大小を念入りに手入れしていた。
小刀はいつも懐に忍ばせ、いざという時には刀を持参するつもりだった。
長助のこと
山菜売りの長助は毎朝早くに山へ入り、山菜を取り、昼前には町に出て売り歩く。
若い割に愛想のいい長助は町の奥さん連中にも人気があって、売り上げも安定していた。
贅沢さえ望まなければ、十分満足な暮しだった。
しかし、それは世を忍ぶ仮の姿であったのだ。
長助は隣国のスパイを探す一流忍者。
山を歩きながら、商売をしながら、夜の町を徘徊しながら、
スパイの気配が現れやしないかと全神経を研ぎ澄ませているのだ。
長助は特別な人間ではなかった。
真面目で優しい両親のもとで野山を駆け回って育ち、
将来は父の後を継いで鍛冶屋になるつもりでいた。
ところがその父が何者かに殺されたのである。長助10歳の秋のことだった。
若い割に愛想のいい長助は町の奥さん連中にも人気があって、売り上げも安定していた。
贅沢さえ望まなければ、十分満足な暮しだった。
しかし、それは世を忍ぶ仮の姿であったのだ。
長助は隣国のスパイを探す一流忍者。
山を歩きながら、商売をしながら、夜の町を徘徊しながら、
スパイの気配が現れやしないかと全神経を研ぎ澄ませているのだ。
長助は特別な人間ではなかった。
真面目で優しい両親のもとで野山を駆け回って育ち、
将来は父の後を継いで鍛冶屋になるつもりでいた。
ところがその父が何者かに殺されたのである。長助10歳の秋のことだった。
2004年1月12日月曜日
叱り叱られた主水くんのこと
ションヴォリ氏一行は開演分秒前に劇場に入った。
売店でジュースとポップコーンを買う。
ションヴォリ氏はチョコレートを欲しがったが、主水くんに止められて諦めた。
ションヴォリ氏、摩耶、百合ちゃん、掃部くん、主水くんの並びで席に付いた。
客席はガラガラだ。
ションヴォリ氏たちの他は親子連れが4組いるだけである。
それもそのはず、274人しか住民がいない町にある、500席の劇場なのだ。
「まだ?」
掃部くんは主水くんに聞く。これで八回目だ。
呆れた主水くんがちょっと怖い顔で睨むと
「もう少しだからね」
とにっこり百合ちゃんが言い、膝をぽんぽんとたたいた。
掃部くんは主水くんに「あかんべー」をしてみせた。
ブーーーーーーーー
開演のブザーがなり照明が落ちる。
「ほ! ほーい!」
ションヴォリ氏は喜びの声をあげた。
「ちょっと博士、やめてください。他にも見てる人がいるんですよ」
「大人四人、子供四人。たったのこれっぽちではないか」
「人数の問題じゃないでしょう」
「あんちゃん、うるさい」
売店でジュースとポップコーンを買う。
ションヴォリ氏はチョコレートを欲しがったが、主水くんに止められて諦めた。
ションヴォリ氏、摩耶、百合ちゃん、掃部くん、主水くんの並びで席に付いた。
客席はガラガラだ。
ションヴォリ氏たちの他は親子連れが4組いるだけである。
それもそのはず、274人しか住民がいない町にある、500席の劇場なのだ。
「まだ?」
掃部くんは主水くんに聞く。これで八回目だ。
呆れた主水くんがちょっと怖い顔で睨むと
「もう少しだからね」
とにっこり百合ちゃんが言い、膝をぽんぽんとたたいた。
掃部くんは主水くんに「あかんべー」をしてみせた。
ブーーーーーーーー
開演のブザーがなり照明が落ちる。
「ほ! ほーい!」
ションヴォリ氏は喜びの声をあげた。
「ちょっと博士、やめてください。他にも見てる人がいるんですよ」
「大人四人、子供四人。たったのこれっぽちではないか」
「人数の問題じゃないでしょう」
「あんちゃん、うるさい」
2004年1月11日日曜日
敏捷な火付け人について歩いた一行のこと
一行は火付け人の後に付いて劇場まで歩いた。
火付け人の様子はいつまで見ていても飽きなかったのだ。
火付け人は狭い通路の中を反復横跳びのごとく、左右の壁に寄りながら火を付けるので忙しい。
しかし、彼の動きはすばやく一行の歩みは遅くはならなかった。
掃部くんは火付け人に合わせて「あいせっふぁいあ と きんど」と大きな声で言っていた。
「こら、掃部。仕事の邪魔をしちゃだめじゃないか。すみません、うるさくて」
と主水くんは謝ったが、火付け人は気にしてないようだった。
「どうでっしゃろ。あいせっふぁいあ と きんど」
火付け人の様子はいつまで見ていても飽きなかったのだ。
火付け人は狭い通路の中を反復横跳びのごとく、左右の壁に寄りながら火を付けるので忙しい。
しかし、彼の動きはすばやく一行の歩みは遅くはならなかった。
掃部くんは火付け人に合わせて「あいせっふぁいあ と きんど」と大きな声で言っていた。
「こら、掃部。仕事の邪魔をしちゃだめじゃないか。すみません、うるさくて」
と主水くんは謝ったが、火付け人は気にしてないようだった。
「どうでっしゃろ。あいせっふぁいあ と きんど」
2004年1月9日金曜日
あいせっふぁいあ と きんど のこと
主水くんがなかなか戻ってこないので皆、様子を見に来た。
「あ、博士。この人が 壁の蝋燭を付けてまわっている人です。」
「そりゃご苦労なことで」
「どうでっしゃろ。あいせっふぁいあ と きんど」
「千本もあるんですって、蝋燭」
「それは前に数えたから知ってる」
「はぁ、そうですか。この蝋燭、一時間持つそうですよ」
「じゃあ、千本目の火を付けたころ、一本目はもう消えてるんじゃないかしら?」
百合ちゃんが言ったが、火付け人は聞こえなかったらしい。
「千本目の火を付けるときには、一本目はどうなってるんですか?」
「右壁、左壁かわりばんこにえっほ、えっほ。全部終わるのに45分後、戻ってくるのに15分。あいせっふぁいあ と きんど」
火付けはこの科白を何度も言っているのだろう、よどみなく歌うように口にした。
「すごい。ちょうど一時間だ。でも、それじゃぁ休む時間がないじゃない!」
摩耶が大きな声を出した。
「どうでっしゃろ。あいせっふぁいあ と きんど」
「あ、博士。この人が 壁の蝋燭を付けてまわっている人です。」
「そりゃご苦労なことで」
「どうでっしゃろ。あいせっふぁいあ と きんど」
「千本もあるんですって、蝋燭」
「それは前に数えたから知ってる」
「はぁ、そうですか。この蝋燭、一時間持つそうですよ」
「じゃあ、千本目の火を付けたころ、一本目はもう消えてるんじゃないかしら?」
百合ちゃんが言ったが、火付け人は聞こえなかったらしい。
「千本目の火を付けるときには、一本目はどうなってるんですか?」
「右壁、左壁かわりばんこにえっほ、えっほ。全部終わるのに45分後、戻ってくるのに15分。あいせっふぁいあ と きんど」
火付けはこの科白を何度も言っているのだろう、よどみなく歌うように口にした。
「すごい。ちょうど一時間だ。でも、それじゃぁ休む時間がないじゃない!」
摩耶が大きな声を出した。
「どうでっしゃろ。あいせっふぁいあ と きんど」
2004年1月8日木曜日
火付け人のこと
ひょっこひょっこと背の低い男がぶつくさ歌いながら歩いていた。
「きゃんどる、ろうそく、えっほ、えっほ」
壁の蝋燭の前に来ると今度はインギンに低い声を出した。
「あいせっふぁいあ と きんど」
禿びて消えかかった蝋燭に手をかざし息を吹きかけると、たちまち蝋燭は甦った。
主水くんは合点した。
おそらくこの人が地下通路の唯一の明かりである蝋燭の管理をしているのだ。
「こんにちは」
「どうでっしゃろ」
「あのう、おじさんが蝋燭をつけて回ってるんですか?」
「わしがやらなきゃだれがやる。あいせっふぁいあ と きんど」
「この蝋燭、どのくらい火が持つんですか?」
「一時間。あいせっふぁいあ と きんど」
「蝋燭、何本あるんですか?」
「千本。あいせっふぁいあ と きんど」
「そんなに!」
「きゃんどる、ろうそく、えっほ、えっほ」
壁の蝋燭の前に来ると今度はインギンに低い声を出した。
「あいせっふぁいあ と きんど」
禿びて消えかかった蝋燭に手をかざし息を吹きかけると、たちまち蝋燭は甦った。
主水くんは合点した。
おそらくこの人が地下通路の唯一の明かりである蝋燭の管理をしているのだ。
「こんにちは」
「どうでっしゃろ」
「あのう、おじさんが蝋燭をつけて回ってるんですか?」
「わしがやらなきゃだれがやる。あいせっふぁいあ と きんど」
「この蝋燭、どのくらい火が持つんですか?」
「一時間。あいせっふぁいあ と きんど」
「蝋燭、何本あるんですか?」
「千本。あいせっふぁいあ と きんど」
「そんなに!」
2004年1月7日水曜日
耳を澄ます百合ちゃんのこと
コツン コツンコツン コツンと後方で不規則な足音がすることに気づいたのは百合ちゃんだった。
言い忘れていたが百合ちゃんは耳がいい。摩耶の歌声を耳栓なしで聞くことができるのだ。
自分の声がよく聞こえるせいか、百合ちゃんの声はやや小さい。
「ねぇ、主水くん、後に誰かいるみたい……」
「ん?なに?」
「うしろに」
「誰かいるの?シネマを見に行く人じゃない?」
「ううん、変な歩き方してるし……おかしな歌を歌ってるみたい……」
「見てきたほうがいい?」
「うん……」
主水くんはだいぶ前を歩いているションヴォリ氏と摩耶に声を掛けた。
(掃部くんの歩調に合わせていた主水くんたちは、ションヴォリ氏たちと離れてしまっていたのだ。)
「博士!少し待っててください」
「どうかしたのか、モンドくん」
「ちょっと後の様子を見てきます。時間はまだ32分44秒ありますから」
「ほいほい」
言い忘れていたが百合ちゃんは耳がいい。摩耶の歌声を耳栓なしで聞くことができるのだ。
自分の声がよく聞こえるせいか、百合ちゃんの声はやや小さい。
「ねぇ、主水くん、後に誰かいるみたい……」
「ん?なに?」
「うしろに」
「誰かいるの?シネマを見に行く人じゃない?」
「ううん、変な歩き方してるし……おかしな歌を歌ってるみたい……」
「見てきたほうがいい?」
「うん……」
主水くんはだいぶ前を歩いているションヴォリ氏と摩耶に声を掛けた。
(掃部くんの歩調に合わせていた主水くんたちは、ションヴォリ氏たちと離れてしまっていたのだ。)
「博士!少し待っててください」
「どうかしたのか、モンドくん」
「ちょっと後の様子を見てきます。時間はまだ32分44秒ありますから」
「ほいほい」
2004年1月6日火曜日
2004年1月5日月曜日
主水くんの胸に冷たい風が通り抜けたこと
翌日、ションヴォリ氏と主水くんと掃部くんが10時00分2秒に噴水前に到着すると、すでに百合ちゃんは待っていた。
「おはよう、百合ちゃん。早いんだね」
「掃部ちゃん」
「あー、ゆりちゃーん」
「久しぶりね、掃部ちゃん」
掃部くんは百合ちゃんの手を取ってブンブン振り回している。主水くんはちょっと寂しい。
10時4分23秒に摩耶がやってきた。
「おはよう、レオナルド、みんな」
「さぁ、行こう。シネマは10時45分の開演なんだ」
ションヴォリ氏と摩耶はしっかりと腕を組んでずんずん歩き始めた。
へんな動物の皮を着た掃部くんは百合ちゃんに手を引かれて歩き出した。
主水くんは、とても寂しい。
仕方ないのでちょっと強引に、空いている掃部くんの右手を取った。
「あんちゃん、おてていたいよー」
「うるさい」
「?」
「おはよう、百合ちゃん。早いんだね」
「掃部ちゃん」
「あー、ゆりちゃーん」
「久しぶりね、掃部ちゃん」
掃部くんは百合ちゃんの手を取ってブンブン振り回している。主水くんはちょっと寂しい。
10時4分23秒に摩耶がやってきた。
「おはよう、レオナルド、みんな」
「さぁ、行こう。シネマは10時45分の開演なんだ」
ションヴォリ氏と摩耶はしっかりと腕を組んでずんずん歩き始めた。
へんな動物の皮を着た掃部くんは百合ちゃんに手を引かれて歩き出した。
主水くんは、とても寂しい。
仕方ないのでちょっと強引に、空いている掃部くんの右手を取った。
「あんちゃん、おてていたいよー」
「うるさい」
「?」
2004年1月3日土曜日
思惑がはずれた主水くんのこと
そういえば主水くんと百合ちゃんがこうしてゆっくり顔を合わすのはひさびさだ。
主水くんは思い切った。
「百合ちゃん明日は時間ある?シネマに行かない?明日の10時きっかりから10時4分59秒の間で待ち合わせよう。噴水のところで」
主水くんは一息にしゃべった。
「いいねぇ!行こう行こう」
答えたのは百合ちゃんではなく、摩耶だった。
「ほっほーい!シネマ!久しく見とらんな。リリィ、何が見たい?」
「あの、別に博士たちは……」
「掃部も一緒でしょ?やっぱりヒーローものかなー。百合はイヤ?」
「ううん、そんなことない。楽しみ」
主水くんは思い切った。
「百合ちゃん明日は時間ある?シネマに行かない?明日の10時きっかりから10時4分59秒の間で待ち合わせよう。噴水のところで」
主水くんは一息にしゃべった。
「いいねぇ!行こう行こう」
答えたのは百合ちゃんではなく、摩耶だった。
「ほっほーい!シネマ!久しく見とらんな。リリィ、何が見たい?」
「あの、別に博士たちは……」
「掃部も一緒でしょ?やっぱりヒーローものかなー。百合はイヤ?」
「ううん、そんなことない。楽しみ」
2004年1月2日金曜日
パフェに取り付くションヴォリ氏のこと
結局、ションヴォリ氏と主水くんと百合ちゃんの三人は摩耶の歌う喫茶店でチョコレートパフェを食べている。
「博士、こんな巨大なパフェでいいんですか?しかも、おやつの時間を47分23秒過ぎています。あとで食事が入らなくてもしりませんよ」
「だいじょうぶ。クリームがたっぷりで大変結構」
「わたし、お金持ってきてないよ……」
「気にしないで、百合ちゃん。お代は博士か゛ぜーんぶ持つからね」
「うん……ありがと、ションヴォリさん」
「リリィはやせっぽちだからなー。顔色も悪いの。たんとお食べ」
「博士、なんてこと言うんですか。百合ちゃんがもともと色白なのは博士だって知ってるでしょう」
「おーこわいこわい。モンドくんは何でそんなにご機嫌ななめなのかね」
「博士!」
「博士、こんな巨大なパフェでいいんですか?しかも、おやつの時間を47分23秒過ぎています。あとで食事が入らなくてもしりませんよ」
「だいじょうぶ。クリームがたっぷりで大変結構」
「わたし、お金持ってきてないよ……」
「気にしないで、百合ちゃん。お代は博士か゛ぜーんぶ持つからね」
「うん……ありがと、ションヴォリさん」
「リリィはやせっぽちだからなー。顔色も悪いの。たんとお食べ」
「博士、なんてこと言うんですか。百合ちゃんがもともと色白なのは博士だって知ってるでしょう」
「おーこわいこわい。モンドくんは何でそんなにご機嫌ななめなのかね」
「博士!」
2004年1月1日木曜日
察しの悪いションヴォリ氏のこと
「百合ちゃん!」
「あ、主水くん……」
「ほほーい、モンドくんでないか?どうした?マリーと一緒じゃなかったか?」
「どうしてって。博士こそ、どうして百合ちゃんと一緒にいるんですか」
「リリィか?久しぶりに会ったらかわいくなってたから声を掛けた」
「そんな……あー、もう!」
改めて百合ちゃんの姿を見た主水くん、そそくさと出ていってしまった。
「ん?なんで怒ってるんだモンドくんは」
「あ、主水くん……」
「ほほーい、モンドくんでないか?どうした?マリーと一緒じゃなかったか?」
「どうしてって。博士こそ、どうして百合ちゃんと一緒にいるんですか」
「リリィか?久しぶりに会ったらかわいくなってたから声を掛けた」
「そんな……あー、もう!」
改めて百合ちゃんの姿を見た主水くん、そそくさと出ていってしまった。
「ん?なんで怒ってるんだモンドくんは」